フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2003年10月13日〜12月21日, 派遣国: マレーシア
(1) マレーシアにおける出産の社会史―マレー農村の女性と産婆を中心として―
加藤優子 (東南アジア地域研究専攻)
キーワード: 出産,マレー農村,社会変容,保健医療制度,伝統的産婆

マレー人の伝統的産婆。病院出産が主流となった現在でも、産後のマッサージなどで活躍している。

都市部近郊の新興住宅地。1980年代以降急速に増加。都市中間層となったマレー人の多くはここに居住する。
(2) 博士論文の目的は、出産の病院化を急速に経験したマレー農村を考察対象として、出産をめぐる実践や慣行、および意識における変化を、マレーシアの社会経済的変容の文脈に位置づけて分析することである。
  マレーシアにおける出産は、過去50年間にわたって急速に病院化した。これはマレー人・華人・インド人の各民族を対象に、植民地時代から導入されてきた保健医療制度が及ぼした影響が大きい。そこで博士予備論文では、首都クアラルンプール近郊に位置するカジャンの国立病院を事例として取り上げ、病院所蔵の過去50年間分の『出産台帳』の分析を通して、国家およびカジャン地域の社会経済的文脈のなかでの、出産をめぐる制度的枠組みと病院出産の変遷についてまとめた。その結果、出産の病院化の過程には、マレー人・華人・インド人の各民族間で異同があったことが明らかになった。すなわち、イギリス植民地時代に労働者としてマレー半島に移住した華人・インド人の多くが比較的早期から病院出産をしていたのに対し、マレー人は、農村の自宅で、伝統的産婆の介助のもとで出産する傾向があった。マレー人の出産が病院化したのは1960年代以降のことで、これには農村に建設された公設クリニックと、政府から派遣された助産婦が大きな役割を果たしたことが明らかとなった。
  博士論文では、上述した国家の制度的介入を受けて、農村部における出産が、実際にどのように変化してきたのかを歴史的に考察することを目的とする。考察対象とするのは、カジャン近郊のマレー農村である。農村での伝統的産婆の介助による出産から、病院における医師・助産婦のもとでの出産への移行過程において、出産をめぐる実践や慣行、意識にはどのような変化がみられたのか。各世代の女性と伝統的産婆を対象に聞き取りを行うことにより、その歴史的変遷を明らかにする。そしてこれらを、村の社会経済状況、あるいは保健医療サービスの状況と関連付けて重層的に分析することにより、出産からみた「マレー農村の社会史」を提示したい。

(3) 今回の現地調査では、2004年4月より2年間を予定している定着調査の候補地を選定する作業を行った。マレーシア半島部スランゴール州カジャンの近郊にある約60のマレー農村を網羅的に見て回り、生業形態や居住形態から村の歴史的概況を推察した。さらに興味を持った村では、年配者や女性に聞き取り調査を行った。全渡航期間は2003年10月13日から12月21日であるが、このうち約1ヵ月半を調査地の選定に充てた。
  一般に、半島部マレーシアにおけるマレー農村は、近年大きな社会変容を経験したといわれている。これは1970年代に導入された「新経済政策(いわゆる、マレー人優遇政策)」によるところが大きい。元来、農村部に居住し、小農ゴム栽培や稲作を主な生業としていたマレー人だが、この政策によって就業や教育機会において優遇的措置を享受し、都市部へと移住するようになった。今回のマレー農村における調査では、稲作に代表される伝統的な生業活動の衰退、現金収入の増加とこれに伴う家族形態の変化といったことが社会変容の一端として明らかになった。また出産に関しては、病院出産が主流となっているものの、伝統的産婆による産後の母体マッサージなどは依然として盛んであることが分かった。

 
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