フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2003年8月3日〜10月22日, 派遣国: ケニア
(1) 東アフリカの牧畜民サンブルの身体装飾と年齢体系の変容に関する人類学的研究
中村香子 (アフリカ地域研究専攻)
キーワード: モラン(戦士),ビーズ装飾,社会変容,市場経済,アイデンティティ


サンブルの未婚の娘:首飾りの大量のビーズは恋人であるモラン からもらったもの
(2) 本研究は、東アフリカ・ケニア共和国の牧畜民サンブルを対象に、この社会の主要な統合原理のひとつである年齢体系の動態・変遷を身体装飾の変化を材料としながら実証的に解明することを目的とする。
サンブルの年齢体系では、男性は結婚と割礼によって「少年(生後〜割礼)」「モラン(戦士)(割礼〜結婚)」「長老(結婚〜)」という三つの階梯に分けられるが、本研究ではとくに「モラン」という独特の存在に注目する。サンブルにおいて装身具は個人の社会的な地位や儀礼的な状況を表示し、その授受は社会関係を構築する役割を果たしてきた。なかでもモランは、ビーズを多用した装身具で身を飾っているが、近年、その装身具の種類は急増し、「装飾性」を増している。
  装身具にみられるこうした変化を、学校教育・出稼ぎ・観光産業・市場経済といった現代的な状況との関連において考察するとともに、急速に変化する社会環境のもとでモランの新しい経験が年齢体系をどのように変化させていくのかを総合的に分析する。

(3) モランはみずからをビーズで飾るだけでなく、未婚の娘に大量のビーズを与えて社会的に認められた恋人関係をつくる。この恋人関係は、独占的な性関係をともなう関係であること、関係が成立するとモランと娘の母親のあいだやモランと娘の姉妹のあいだに忌避関係ができることなど、婚姻に似たいくつかの特徴をもつ。しかし、相手を外婚単位であるクランの内部から選ぶ点、また、娘が割礼を受けていないために出産を禁止されているという点において婚姻とは大きく異なっている。今回の派遣では、このビーズの授受を介した恋人関係の実態を把握し、これを婚姻と比較することによって、この恋人関係を年齢体系の中に位置づけることを目的とした。2003年8月15日〜10月10日には、サンブルで現地調査を行い、恋人関係の成立から結末までの事例や恋人をめぐるモランの抗争の事例を収集した。20代から80代の男性約360人について、娘にビーズを与えた経験の有無、相手は自分と同じクランであったかどうかなどについてのデータを取得した。また、モランと娘の恋人関係をよくあらわしている歌(モランが日常のダンスのときに歌う歌、モランが恋人の結婚に際してうたう歌、母親が娘の結婚に際してうたう歌など)を録音して歌詞をおこした。これらの分析の結果、ビーズの授受を介した恋人関係と婚姻とは、クラン内の性/クラン外の性、出産しない性/出産する性など対照的な特徴をもつことが明らかになった。そして、同時に、未婚期にクラン外に恋人をもつ人が増加したり、結婚前に割礼・出産をする娘が増加するなど、このふたつの対比が変容の過程にあることも明らかになった。
  また、2003年10月14日から一週間は、ロンドンのRoyal Anthropology Institute、Royal Geographical Societyにおいて写真資料の収集を行い、おもに植民地期のサンブルの人びとの写真を入手することができた。今後、これを裏付け資料として、外部の文化との接触にまつわる顕著な出来事(第二次世界大戦時のケニア軍隊への雇用、学校教育、都市での出稼ぎ、家畜市の設立)と関連づけながら、身体装飾の歴史的な変遷をまとめる予定である。

 
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