フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2003年12月1日〜2004年2月29日, 派遣国: ケニア
(1) ケニアにおける女性商人の商慣行と市場経済の接合に関する研究
坂井紀公子 (アフリカ地域研究専攻)
キーワード: 農産物販売,営業規制,地方政府,ボランタリー・アソシエーション,マチャコス


マーケット商人たちの貯蓄・融資講の活動は、マーケットの一角で商売が暇になるわずかな時間の間に行われる
(2) ケニアの多くの地域において、マーケットで農産物を売買しているのは主として女性である。女性たちは、マーケットを商業活動だけではなく社会的な交渉を行う空間として利用する。1980年代に始まった構造調整以降、マーケットでは、行政機関が流通の効率化を標榜して営業規制を始め、さらに国際援助機関が零細事業者を対象にマイクロファイナンス(MFと略す)を導入し、そして近年になると、広域にわたって農産物の生産・輸送・販売を一貫して行う大資本が進出してきた。こうした変化により、ローカルなマーケットが急速かつ直接にグローバル経済へ連結し始めている。
  本研究の目的は、女性商人たちがローカルな文脈と価値観に基づいて行う経済的・社会的実践によって、「市場経済」がマーケットでどのように具現化されてゆくのかを明らかにすることである。調査地のマーケットが位置するマチャコス県は首都ナイロビに隣接し、この地域には農耕を主な生業とするカンバ(Akamba)人が居住する。県内各地から集まる多くの女性商人は、農産物を首都ナイロビで仕入れてマチャコス市のマーケットで販売し、そこで得た利益を農地の購入や耕作のために投入している。
  1990年代に入ると、マチャコス市当局はマーケットを整備し、新しい業務規定を次々に導入していった。商人たちはその過程で現実にそぐわない規定に対して抵抗と無視で臨み、さらに市当局との間で交渉・調停・調整を行い規定の内容を変更させた。すなわち商人たちは、顧客・商品・販売場所といった諸条件に裏打ちされたローカルな正当性を主張し、一般的な流通の効率化を目的とした規定を受け入れはしなかった。本研究では、こうした事例の分析を通して、ローカルな空間では双方向的な力関係が成立しうることを示し、権力の二面性、すなわち権力に及ぼされている者も、一方的に権力を行使されているわけではないことを明らかにする。

(3) 今回の調査では、2003年12月1日〜2004年2月29日の期間、マチャコス市で以下の事項を調査した。調査の目的は、マーケットにおけるボランタリー・アソシエーション、特に貯蓄・融資講の実態把握と、商人たちの講組織の利用状況を明らかにすることである。

  1. まず、公設マーケットで売り手全員を対象に聞き取りを行い、貯蓄・融資講の全体数、機能のバラエティ、取り扱う金額の規模などについてデータを収集した。さらに全体数の1割にあたる30の講組織の中心者に対してメンバー構成、講組織の成り立ち、運営状況に関する詳しい聞き取り調査を実施した。その結果、人びとが国の開発政策やMFから得た知識を活用し、講組織を独自に発展させている状況が明らかになってきた。
  2. 次に、複数の商人を対象に家計調査を実施し、商人たちの講組織の利用状況について事例を収集した。まだ分析の途中ではあるが、1. の結果と併せると、人びとは、既存の各種講組織を使い分けると同時に講組織をフレキシブルに改良し利用している状況が明らかになりつつある。
  前回に実施した資金運営に関する調査では、売り手の7割が操業資金の主な調達先として貯蓄・融資講を利用している状況が明らかになった。今回の調査により、他の方法(自己資金・MFからの融資)と比べると講組織が圧倒的に利用されている要因が明らかになりつつある。様々な規模と機能をもつ多数の講組織が存在することと、各講の規則は利用者の必要に応じて融通無碍に変化し、参加・不参加や結成・解散が比較的自由に行えるという柔軟性があることが、その要因として指摘できるだろう。商人たちは、互助的な役割を果たす既存のボランタリー・アソシエーションの枠組みと画一的な金融システムであるMFの運営方法を取り入れ、商品・営業規模・居住環境といったローカルな諸条件に適応する金融組織を発展させていると考えられる。今後この点を更に吟味し、零細なマーケット商人たちの商業活動にどのように適合しているのかを明らかにし、商人たちの市場経済への対応について考察するつもりである。

 
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