フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2003年9月3日〜2004年2月29日, 派遣国: バングラデシュ
(1) バングラデシュ湿原地帯における資源管理プロジェクトと資源をめぐる管理体制の再構築
七五三泰輔 (東南アジア地域研究専攻)
キーワード: バングラデシュ,資源管理プロジェクト,開発言説,文化の政治


シュナムゴンジの湿原地帯(ベンガル語でハオールと呼ばれる)。この地域は雨期の間ほとんどが水に覆われ、村は水に浮かぶ島となる。

わずかに残った湿原林

ハオールの中の村
(2) 本研究で議論しようとする開発プロジェクトの実践と社会の変容は、すでに開発の人類学的、社会学的研究がなされ様々な点が明らかとなっている。 1990年代、活発に議論されてきた問題の一つは、開発言説である。これらの研究によると、 開発とはグローバルな知識と権力の体系のもとに構成された言説であり、第三世界の知識を生産し、その人々を支配、管理する装置を作り出したのである。しかしその一方で、このような「統治のプロジェクト」としての開発は、必ずしも一元的な統治の構築のみではない別の側面を有することも明らかとなった。つまり、開発介入側と地域住民を含む多様なアクターが競合し、開発プロジェクトは「文化の政治」という文脈において地域の中で作りかえられているのである。さらに、そのような「文化の政治」は、資源の利用・分配・権利のあり方をめぐるアリーナを形成し、資源に関わる統治形成の契機となっている。さらに、資源管理プロジェクトでは 資源の劣化や災害に対する社会の脆弱性は、その時代の政府とコミュニティの間に確立されていた 統治体制 の崩壊と密接に関わっていることが明らかとなった。つまり、資源管理に関わる様々な問題は、コミュニティの不適切な管理や政府の統治の失敗としてどちらかに責任を委ねるような考え方ではなく、政府−コミュニティ関係に成立した資源管理体制の崩壊として捉えなければならないのである。そして、このことは同時に資源管理プロジェクトにおける「文化の政治」の展開の仕方によっては、資源の統治に関わる政府−コミュニティ関係を再構築する契機にもなりうることを意味しているのである。
  本研究の目的は、バングラデシュにおける資源管理プロジェクトを対象として、グローバルに広がる開発言説と、プロジェクトの実践に関わる多様なアクターの地域的文脈にもとづいた「文化の政治」を通して、政府とコミュニティの間にどのような資源をめぐる管理体制が再構築されているのか、もしくはされていないのかを明らかにすることである。
  具体的には、湿原資源の管理に関するプロジェクトを調査事例とし、それを実施していく過程での資源をめぐる知識の変遷、「資源」「コミュニティ」の表象をめぐる競合と資源分配、そして資源の利用と管理の権利をめぐる地域住民、NGO、政府の交渉と競合を一連の出来事として描くことで、政府とコミュニティの間に資源をめぐるどのような新たな管理体制を展開しているのかを明らかにすることである。

(3)  今回の滞在目的の一つは、本研究の調査地を探すことであった。研究の調査地を決めるに当たって、今回は特に資源管理に関わるプロジェクトが実施されている地域を中心に、いくつかの地域を見て回った。そして、ラッシャヒ県、シャッキラ県、モウロビバザール県、シュナムゴンジ県におけるSEMP(Sustainable Environmental Management Program)の実施状況を調査してきた。このプロジェクトは、UNDPからの援助を受けたもので、バングラデシュの環境・森林省によって管理され、実際には、多くのNGOやGOによって実施されている。
  私は、ダッカとこれらの地域を往復しながら現地における参与観察とレポート、公的文書類の収集を行い、最終的に、シレット地区、モウロビバザール県とシュナムゴンジ県のベンガル語でハオールと呼ばれる湿原で実施されている環境資源管理に関わるプロジェクトを今回の調査対象とすることにした。それは以下の通りである。

  • シュナムゴンジ県: SEMP及びCBFM-2(Community-Base Fisheries Management Phase-2)
  • モウロビバザール県:上記の二つのプロジェクトに加えてCWBMP(Coastal and Wetland Biodiversity Management Project)
  今回のもう一つの調査目的は、研究の目的に沿ってプロジェクトに関わるアクターにインタビューを行い、それぞれのアクターが資源の意味や利用、管理のあり方のどのような問題をめぐって競合、交渉しているのか、今後の調査、研究の手がかりをつかむことである。インタビューの対象となったのは、CNRS(SEMPとCBFM-2を実施しているNGO)、環境庁の地域職員とUNDP職員(CWBMPの計画・実施を担う)、地方政府の職員、プロジェクトによって組織されたCBO(Community-Based Organization)のメンバーの村人といったプロジェクトに直接関わるアクターである。これらのインタビューから、資源の意味やその管理のあり方をめぐる複数のアクターの交渉と競合の事例を見ることができた。たとえば、ギラソラ・ユニオン(行政区)には、野生生物保護区に指定された森林があるのだが、この森林が野生生物保護区に指定されたいきさつには、その森をめぐる周辺の村人、地方政府、そしてNGOのそれぞれの異なる思惑とその妥協が見られる。この森はインド分離独立以来地域住民と政府の間で、その所有権をめぐって長年紛争が続いていた。この森の中には聖者廟があるのだが、地域住民は、この森は植民地期にザミンダールからコミュニティに与えられたものであるため、共有地だと主張している。一方、政府は1956年の土地改正でこれらのザミンダールの土地は政府所有地になっており、したがってこの森も政府所有地であると主張しているのである。また、このギラソラ・ユニオンの住民は当初NGOのプロジェクトを警戒し、それを受け入れようとしなかったという背景がある。この野生生物保護として実施されるこのプロジェクトは、この地域で何らかの形でプロジェクトを導入しなければならないNGO、この森を政府所有地としてプロジェクトの導入に許可を与える政府、そして、この森の野生生物保護区への指定という形で森の実質的な管理権を獲得しようとする地域住民といった、それぞれの異なる思惑の上に成立していると考えられる。この事例が示すように、プロジェクトは必ずしも「統治のプロジェクト」として対象となる資源や住民を「統治可能な主体」として規定するのではなく、資源をめぐる多様なアクターの競合や交渉、そしてプロジェクトの意味の作りかえにおいて成立しているのである。
  今後は、こうした事例をもとに、異なるアクターがどのような関係において資源をめぐり競合し、資源の利用や管理のあり方を決定していくのか、そのプロセスを見ていくことで資源管理をめぐる統治がどのように再構築されていくのかを明らかにしたい。

 
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