フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2003年4月23日〜9月29日, 派遣国: 中国
(1) 森林チベット地域の牧畜と土地・資源利用
山口哲由 (東南アジア地域研究専攻)
キーワード: 林間放牧,ヤク,高度差,農牧複合,チベット


放牧中のヤク
(2) 本論の目的は、針葉樹林帯に生活するチベット族の牧畜について、その技術と土地・資源利用の概要を明らかにし、彼らの生業のなかで家畜飼養という活動が果たす役割を考察することである。

(3) 今回の調査は、平成15年4月23日〜9月29日にかけて中華人民共和国、雲南省北西部に位置する迪慶チベット族自治州中甸県においておこなった。チベット地域は平均標高3000m以上という高山地域であり、一年を通して冷涼で降水量も少なく、農業生産に適した環境とは言い難い。そこでのチベット族の生業は、農耕とヤクやウシを主体とした牧畜をうまく融合させた農牧複合形態を特徴とする。本派遣では、特に牧畜に着目して、その立体的な土地利用の様子や農耕との絡み、および牧畜が世帯ごとの社会・経済条件とどのような関係性を持ち生業として成立しているのかを明らかにするため以下4つの項目、1) 2つの村落における農業・牧畜、その関係性に関する全戸調査、2) 2つの村落における移動牧畜の様式に関する聞き取り調査、3) 移動牧畜におけるヤクの利用植生および放牧範囲に関する調査、4) 周辺環境について温度、植生、地形に関する調査をおこなった。
  この結果、チベット族の牧畜は季節によって放牧地を移動していく移動牧畜を基本形態としていることが明らかになった。同時に条件の異なる村落間の生業形態を比較することによって、農耕が牧畜形態に及ぼす影響も確認された。すなわち、比較的農耕が盛んなA村落では牧畜に対しての労働投入量が少ないため、管理に手間のかかるヤクよりもウシを飼養する傾向が大きい。ウシはヤクほど高山環境への適応性が高くなく、放牧地は標高が比較的低い場所(標高4000m以下)を利用しながら移動していき、移動の回数も少ない。A村落よりも耕地面積の少ないB村落では、牧畜活動に対しての労働投入量が多く、ヤクを主体とした大規模経営の傾向がみられ、標高4000m以上の放牧地を移動しながら7月には標高4500mに達し、移動の回数もB村落よりも頻繁であった。このように牧畜活動は農耕との兼ね合いで経営形態が変化し、それにともなって移牧の様子も変化していた。
  また、季節による放牧地の移動に関するデータと家畜個体の植生利用傾向とを照らし合わせることで、家畜生産においてもっとも重要である飼料資源の管理を、彼らがどのようにおこなっているのかが明らかになった。これまで、チベット地域の移牧では森林限界以上に分布する純草原が飼料資源として重要であると考えられてきた。しかし、実際には、これらの草原とともに標高4000m以上に分布する針葉樹林(Piceaspp.やSabina spp.など)や灌木林(Rosa spp.やBerberis spp.など)の下層植生を積極的に利用しており、同じ放牧地であっても状態をみながら日々の放牧方向を変化させていた。このように、草原や森林の下層植生を循環的に利用しながら効率的な植生利用をおこなっていた。

 
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