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現地調査は、2004年11月9日〜 2005年3月31日までの期間、ケニア共和国マルサビット県南部に位置するマソラ村と、マソラ村の成員が編成する放牧キャンプでおこなった。また、今回の調査では、サンブル県においても聞き取り調査をおこなった。具体的な調査内容を上で示した本研究に関連する4つの調査内容と関連づけて述べる。
- 民族を超えた社会範疇間の関係
これまでの調査では、アリアールの成員が主張する民族を超えた社会範疇間の関係や、それに対するレンディーレの認識に関する調査をおこなってきた。今回の調査では、サンブルの側の認識のありかたを明らかにするため、サンブル県で、いくつかの集落を対象に聞き取り調査をおこなった。
具体的には、サンブルのひとつのクランの起源や、クランを構成する父系出自集団の移入や分離の経緯に関する口承伝承を収集した。調査の過程では、民族を超える出自集団間の関係が、これまで報告されているよりも、より細かい単位の出来事―個人の移住や友人関係―を契機にして、無数に形成されていることが明らかになった。
- 移住パターン
マソラ村を構成する各拡大家族の代表者1名ずつ、計66名を対象に、これまでの移住の経緯を明らかにすることを目的として、ライフヒストリーの聞き取り調査をおこない、その後、資料のトランスクリプションと翻訳をおこなった。
その結果、(1)マソラ村は1983年にこの地域に移住してきた数家族を核として、サンブルやレンディーレ、アリアールからの多くの移民を受け入れながら拡大してきたこと、(2)移住やその後の協業・儀礼への参加などの結果、新たな出自集団への帰属意識が獲得されたことが明らかになった。これによって、民族を超えた社会範疇間関係が、移住といった個人的な行為を契機に無数に形成されている可能性が示された。
- 放牧キャンプの移動パターンと編成
アリアールでは、ウシ、ラクダ、小家畜(ヤギ・ヒツジ)が飼養されている。放牧キャンプは家畜種ごとに編成され、遊動する。これまでに放牧キャンプが編成される場所と、ともに編成する相手がだれなのかについて、調査をおこなってきた。今回の調査では、2005年のひとつのキャンプ地の場所やともにキャンプを編成する相手について、補足的な資料を収集した。
その結果、放牧キャンプを編成する相手として、これまで明らかになっていた同一の父系出自集団に帰属する成員だけではなく、同一の年齢組に帰属する成員も選好されていることが明らかになった。サンブルとレンディーレの年齢体系では現在、同時期に組織された年齢組には同じ名前が付与されるようになっている。すなわち、こうして同じ名前をもつ年齢組は同一の集団と認識されており、それへの帰属意識が、放牧の場面における民族を超えた協力関係の構築を促進していることが明らかになった。
- 家畜の贈与・交換のネットワーク
マソラ村の各家族の代表者1名、計47名を対象に、2004年1月から2005年1月までのあいだに家畜をねだった/ねだられた経験に関する聞き取り調査をおこなった。この資料に関してはトランスクリプトと翻訳を終え、現在、分析をおこなっている。