報告
渡航期間: 2004年7月28日〜2004年9月4日    派遣国: ケニア
  出張目的
  ケニアにおけるオンサイト・エデュケーション、および牧畜社会の変容に関する調査
  太田至 (大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・アフリカ地域研究専攻)

 

  活動記録
  7月28日(水)
  • 関空発 − バンコク着
      7月29日(木)
  • バンコク発 − ナイロビ着(7月30日)
      7月30日(金)〜8月6日(金)
  • ナイロビ大学アフリカ研究所において、所長のアイザック・ニャモンゴ(Isaac Nyamongo)氏、およびシミユ・ワンディバ(Simiyu Wandibba)教授と面談し、今後の研究協力体制に関する討論をおこなった。
       
  • ケニア野生生物公社ナイロビ本部において、研究開発部門の副部門長であるリチャード・バギネ(Richard Bagine)氏、およびJICAの専門家である今栄博司氏と面談し、「ケニアにおける野生動物保護と地域住民の軋轢」に関する研究方法についての討論をおこなった。
       
  • ナイロビ・フィールド・ステーション(ナイロビFS)において研究環境の整備と院生セミナーを実施し、また、ナイロビ大学アフリカ研究所のスタッフおよび大学院生との討論をおこなった。
      8月7日(土)〜8月16日(月)
  • ニエリ県とライキピア県にて、「野生動物の保護政策と地域住民の軋轢」に関する現地調査を実施している大学院生の調査地をたずねて、オンサイト・エデュケーションに従事。
      8月17日(火)〜8月29日(日)
  • トゥルカナ県において牧畜社会の変容に関する現地調査に従事。
      8月30日(月)〜9月2日(木)
  • ナイロビ大学アフリカ研究所およびケニア野生生物公社ナイロビ本部にて研究連絡と資料収集に従事。
      9月3日(金)
  • ナイロビ発 − バンコク経由 − 関空着(9月4日)

     

      結果と進捗状況
     
    【フィールド・ステーションの整備と活用】
      ナイロビFSでは、2003年6月からナイロビでフラットを借用し、教育研究活動の基地として活用しています。しかし、ここに若手研究者を常駐させておく余裕がないため、建物の掃除やコンピュータをはじめとする機器の維持管理、家賃や電気代、電話代などの支払いにいたる雑用を、FSを利用する教員や大学院生が分担しておこなっています。
      今回は、私がFSに到着したとき、ケニアの電話会社により回線が切断されて不通になっていました。実際のところ、この電話回線をひいたのは2003年8月なのですが、それ以来、郵送されてくるはずの請求書がまったくこなかったので、当然のことながら支払いはしておらず、ちょっと気になっていました。そして私が3日間、電話会社に通いつめて判明したのは、電話会社はこの1年間、まったく請求書を発行していなかったこと、そしてまた、私たちが回線を購入したという書類も行方不明になっていたことです。しかしながら私の手元には領収書が残っていたので、それを根拠に強硬に主張することによって、電話回線は復活しました。こういった雑用に対処しなくてはならないという事態は、ケニアに限らずアフリカ諸国で現地調査を実施する人びとには、多かれ少なかれつきまとうものですが、ナイロビFSに若手研究者を常駐させたい、という思いをつよくしました。
      今回、私がナイロビに滞在している期間には、岡山大学の北村光二教授と大学院生の三宅加奈子さん、弘前大学の作道信介教授、筑波大学の佐藤俊教授がナイロビFSをおとずれ、ASAFASの大学院生であるチャールズ・ムショキ・ムトゥア(Charles Musyoki Mutua)さん(平成16年度第3年次編入学)が話題を提供したセミナーに参加して、活発な討論をかわしてくださいました(写真1)。また、ナイロビ大学アフリカ研究所所長のアイザック・ニャモンゴ氏と、ナイロビ大学の修士課程を卒業したばかりのフレッド・イカンダ(Fred Ikanda)氏もナイロビFSを訪問し、それぞれの研究テーマの進捗状況や今後の共同研究のあり方について議論をかわしました。
    【ニエリ県とライキピア県におけるオンサイト・エデュケーション】
      上記のASAFAS大学院生のムトゥアさんは、ケニアで修士号を取得したあと、ケニア野生生物公社(Kenya Wildlife Service: KWS)に10年近く勤務した経験をもち、現在は、「野生動物の保護政策と地域住民の軋轢」を研究テーマとしています。ケニアは、サバンナに生息する野生動物を対象とする観光産業によって有名ですし、これは外貨獲得のためのもっとも重要なチャンネルのひとつです。そしてKWSは、国立公園や動物保護区の運営などを一手に引き受けている重要な政府機関です。ムトゥアさんはこれまでにKWSのスタッフとして、野生生物の保護管理をすすめるとともに地域住民を教育するためのプロジェクトの立案と実施にかかわってきましたが、平成16年4月からはJICAの長期研修員として来日し、ASAFASの博士課程で勉強しています。
      今回の目的は、ムトゥアさんの研究のための予備調査をおこなって、具体的にどこに焦点をあてるべきなのかを選定することでした。私はムトゥアさんと一緒に9泊10日のイクステンシブな調査を実施し、住み込み調査の候補地となる二つの村を見つけることができました。そしてその過程で私は、この地域が「野生生物保護と地域住民の軋轢」という研究テーマにとって、実におもしろい地域であることを理解しました。以下には、その概要を報告します。
      ムトゥアさんの調査地となるニエリ県は、ケニアの中央部にあります。東にはケニアの最高峰であるケニア山、そして西にはアバディア山塊がそびえたち、両者の距離は100kmほどですが、ニエリ県はそのあいだに位置しています。このふたつの山塊をおおっている森林地帯は、野生生物の宝庫なのですが、とくに両者のあいだを季節的に移動する象の群れが、農地におおきな被害を与えるという問題が発生しています(写真2)。
      この地域は生態学的には、豊かな降雨に恵まれた地域と乾燥した半砂漠との移行帯にあたります。前者では多彩な農作物が生産され、後者ではウシ、ヤギ、ヒツジなどの放牧が行われています。また、歴史的に見るならば、この地域には植民地時代にイギリス人をはじめとするヨーロッパ人が入植して大農場を所有していました。ケニアの独立後には、農業の適地に分布していた大農場は解体・分割されてケニア人が所有するようになったのですが、それほど農業には適さない地域では、白人が所有する大農場がそのまま残り、主として家畜生産をおこなっています(写真3)。こうした農場ではまた、敷地内に外国人観光客向けの施設をつくり観光業による収入を得ようとしているため、野生動物が移動してきてくれることを期待しています。ムトゥアさんの調査地には、まさにこのような白人が所有する大農場があります。また、かつての大農場を分割した土地を所有するようになった一部のケニア人は、農業をするためではなく投機のために土地を購入した不在者地主であり、その土地は一見したところ、まったくの荒れ地となっています。こうしたケニア人の中には、白人大農場主たちとおなじように、自分の土地を観光に利用できないかと考えている人もいます。
      すなわちこの地域には、(1)農業を営み野生動物の被害にあっている人びと、(2)野生動物の存在を苦にしない不在者地主たち、そして(3)野生動物を積極的に利用して観光業を起こそうとしている人たちといったように、利害が異なる人びとが同居しており、お互いのあいだで衝突がおきています。そして、象をはじめとする野生動物保護と地域住民のあいだの軋轢の問題は、たんなる生態学的なものではなく、さまざまな歴史的、政治的な要素が複雑にからみあったものであることが、今回の予備調査によって、おぼろげながらわかってきました。今後のムトゥアさんの研究の進展に期待したいと思います。

     

     
    写真1 ナイロビFSにて。左よりムトゥア(ASAFAS大学院生)、北村光二(岡山大学)、作道信介(弘前大学)の各氏。   写真2 アバディア山塊を移動する象の群れ
         
       
    写真3 植民地時代より続いている大農場の向こうに屹立するケニア山    
     
    21世紀COEプログラム「世界を先導する総合的地域研究拠点の形成」 HOME