(1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2005年10月13日〜2006年9月5日, 派遣国: セネガル
(1) セネガルおけるセレール・ニョミンカの生態資源利用と生計活動の変容に関する研究
臼井拓 (アフリカ地域研究専攻)
キーワード: セネガル,マングローブ・エスチュアリー,セレール・ニョミンカ,環境利用,移動漁撈


マングローブの中を走る水路

ギニア人のつくった魚の燻製かまど

ジガンショール市の港に付いた漁船と
魚を買い付ける女性
(2) 本研究は、セネガル共和国、サールム・デルタ地域を主な居住域とする民族集団である、セレール・ニョミンカを対象としている。とくに、マングローブデルタを居住域とする人々の生態資源の利用の現状について記述し、ローカルな資源利用と、より広域的な社会経済的変化との関連を明らかにすることを目指す。

(3) 今回の調査は、2005年10月16日から2006年9月2日にかけておこなった。セネガル共和国ファティック州のファリア村を主な調査地とした。また、セレール・ニョミンカの西アフリカ沿岸の主要な移動漁撈の行き先である、南部セネガルのジガンショール市およびギニアビサウ共和国ビサウ市でも約2ヶ月間調査をおこなった。現地調査においては、ダカール大学黒アフリカ基礎研究所(IFAN)およびダカール・チャロイ海洋調査センター(CRODT)の協力をえた。今回の調査の主たる目的と明らかになったことは、以下のとおりである。
  セレール・ニョミンカが認識、利用する海洋生物種の調査では、魚類99方名種、海生哺乳類3方名種、ウミガメ類2方名種、軟体動物14方名種、甲殻類8方名種、その他の水族7方名種が記録され、マングローブ水域の多様な生物種が利用されていることがわかった。また、過去にはほとんど利用されてこなかった海産資源が、遠方の市場の需要に対応するかたちで、村人の現金収入源として重要な役割を果たすようになっていることが明らかになった。Anadara senilisCrassostrea gasar などの貝類の価格はセネガル国内で近年上昇の傾向にあり、この地域の人々に多額の現金収入の機会を与えている。また、2006年の1月よりファリア村には、ギニアやブルキナファソなどの西アフリカ内陸部からの商人が乾季の間季節的に住み、ニシン科の魚であるEthomarosa fimbriata の買い付け、燻製加工にして、本国へ輸送をおこなうようになった。このように、広域的な海産物の需要に対応する形で、マングローブ域の資源の新しい利用がなされるようになっている。
  セレール・ニョミンカの生業活動の中で、カザマンス地方やギニアビサウ(旧ポルトガル領ギニア)、それ以南の西アフリカ沿岸地域へ移動しておこなわれる漁撈は、20世紀前半から現在にいたるまで活発に続けられている。しかし、遠隔地漁撈の背景となる自然環境および経済的背景はそのあいだに大きく変化してきた。本調査では、特にマングローブ域でもっとも重要な漁業資源であるボラ漁に注目して、村の地先の漁撈と遠隔地漁撈について比較検討した。1970年代以前のカザマンス地方での移動漁撈は、当地の豊富な漁業資源を目的としておこなわれており、漁獲物の大半は干し魚に加工され、セネガル北部へ運搬されて、内陸部のカオラック市でなどで売却されていた。これとは対照的に、ジガンショールを拠点に現在おこなわれている漁撈では、村の地先の漁撈に比べ、より多くの燃油経費をかけるにもかかわらず、漁獲量自体は少ない。しかし漁獲物が販売されるジガンショール市でのボラの売却価格はサールム・デルタでの6倍程度にもなっている。すなわち現在のカザマンス地方への移動漁撈は、漁場の資源量ではなく、漁場周辺の市場形成によるものといえる。いいかえれば、かつては移動先の豊かな漁業資源を求めて移動漁撈がおこなわれていたのに対し、現在では、移動先の漁業資源は村の地先以上に減少しているが、一方でジガンショール市周辺に大きな消費地が形成されており、移動先の市場が移動漁撈を支える基盤となっていることが示唆された。
  近年の燃油価格の急激な高騰は、零細漁業の経営や漁師の家計を大きく圧迫している。今後は、世界的な経済動向の中で、ローカルな漁民たちがどのような対応を示すのかについても注目して調査を進めたい。

 
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