報告
ラオス・フィールド・ステーション(LFS)活動報告(平成16年度No.3)
国際ワークショップ「ラオスにおける在地の知識と農林水産業を基幹とする持続的開発におけるその役割」(サワナケート・ワークショップ)の開催(2005年2月9日〜10日)
増原善之 (21世紀COE研究員)

   ラオス・フィールド・ステーション(LFS)では、研究活動の計画立案、実施そして成果発表にいたるまで、常に地域の人々と向かい合い、協力し合い、議論し合うという「地域密着型」研究活動を目指している。今回は、このような理念の具体化の一つとして開催された今回のワークショップについて報告したい。

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1) 構想
  本ワークショップは、21世紀COEプログラム「世界を先導する総合的地域研究拠点の形成」のもと、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)、京都大学東南アジア研究所(CSEAS)およびラオス国サワナケート県農業・林業局の共催として2005年2月9〜10日の2日間にわたりサワナケート県において開催された。そもそもこのワークショップは、1999年以来、同県チャンポーン郡およびアーサポーン郡で共同研究を行ってきたCSEAS教員の安藤和雄を中心とするグループが、その成果発表の一環として、農業、農村開発、普及の総合的アプローチを目指したワークショップを開催できないかと話し合ったことに端を発している。また、ASAFAS教員の岩田明久が代表となって、「ラオスBang hiang川流域住民の生業における生態資源利用に関する研究−伝統的文化の保存・継承と環境保全の視点から−(1999‐2001年度)」および「ラオスBang hiang川流域住民の生業における生態資源利用に関する研究−在地の知恵の記録と普及−(2001‐2003年度)」というサワナケート県を中心にして行われた研究に対してトヨタ財団から研究助成金をうけ、これらの調査に参加した人々が研究で得られた成果を地元に報告し情報を還元するという意味も込められていた。さらに、「持続的開発」における「在地の知識」の役割を重視するとの立場から、可能な限り農業普及の現場で働いている県や郡の職員に発表してもらうとともに、農家の人々とも直接意見交換できるようなワークショップにするため、開催地は首都ビエンチャンではなくサワナケート県とし、使用言語もラオス語とすることが決定され、本ワークショップの基本的構想が固まったのである。

2) 準備
  2004年10月下旬、CSEAS教員の安藤、ASAFAS教員の岩田と竹田晋也、ラオス(サワナケート県農業・林業局)からASAFASに留学中のスラポン・インタヴォン(平成15年度編入学)、帰国中の増原がASAFASに集い、本ワークショップ実行委員会第1回会合が開かれた。ここで発表者および参加者の人数と構成、セッションの組み立て、開催までの準備スケジュールなどが話し合われ、ワークショップ開催に向けて実質的な準備が開始された。特に発表者については出来る限りラオス人を増やし、地元の県・郡職員を中心にラオス国立大学林学部と農学部の教員をも含めた幅広い範囲から人選を行うこと、我々のフィールド調査地として長い付き合いのあるチャンポーン郡からモデル農家の人々を10名程度招待することなどが決定された。これを受けて11月中旬、安藤、増原およびCSEAS研修員の虫明悦生の3名が、ラオス国立大学林学部および農学部、サワナケート県農業・林業局、チャンポーン郡農業・林業事務所などを訪問してワークショップの趣旨を説明したところ、農業、林業、水産業という部門を越えた総合的アプローチの重要性、および「在地に学ぶ」という地元重視の姿勢に対して賛同が得られ、ワークショップ実現に向けて相互に協力していくことが確認されたのである。

  2005年1月中旬、スラポンが日本より一時帰国し、ビエンチャンの増原とともに、最終的な準備にあたることになった。スラポンはサワナケートに下り、現地で受け入れ準備を進めるとともに、「パワーポイント」の操作に不慣れな県・郡職員に懇切丁寧な指導を行い、職員が協力し合いながら発表の準備を進めていった。一方、増原は日本およびビエンチャンからの参加者とサワナケートとの間の窓口となるとともに、発表予定者のペーパーおよび同翻訳文の取り纏めに追われていた。さらに、サワナケート県農業・林業局作物課の職員全員が会場の清掃、設営に自発的に協力してくれたし、ASAFAS院生の小坂康之(平成12年度入学)も他の参加者より一足先にサワナケート入りし、連日夜遅くまで準備を手伝ってくれた。このような数多くのラオス人および日本人の献身的な協力なくして、本ワークショップが開催できなかったことは言うまでもない。この場を借りて、関係者の方々すべてに深謝の意を表したい。

  2月8日夕方、ワークショップ参加者が続々とサワナケートに集まってきた。京都大学、ラオス国立大学、ラオス国立水産研究所などからの参加者はビエンチャンから450キロにおよぶ陸路の旅、チャンポーン郡やアーサポーン郡からの参加者は乗り合いバスに揺られての移動である。参加者の宿泊所となったポーンビライ・ゲストハウスでは、ラオス人同士ばかりか、京都大学教員・院生とフィールド調査地の村人たちが手を取り合って再会を喜ぶ光景がいたるところで見られた。ワークショップはいよいよ明日開幕である。

3) ワークショップの特色と成果
  冒頭でも触れたように、本ワークショップの特色は次の3点にまとめられる。すなわち、

  1. 農業、林業、水産業という部門を越えた総合的アプローチを目指したこと、
  2. 日本やラオスの大学関係者のみならず、農業普及の現場で働いている県や郡の職員、さらに農家の人々が一堂に会して意見交換を図れるよう幅広い範囲から参加者を招待したこと、
  3. 「在地に学ぶ」ことを重視し、現地開催やラオス語使用など地元密着型ワークショップのあり方を模索したこと、

  である。

  1.に関連して、本ワークショップはプログラムに示されている通り、5つのセクション、(1)農業と普及、(2)在地の知識と農業経営の実践(以上1日目)、(3)林業経営、(4)畜産・水産業経営、(5)自由討論(以上2日目)から構成されていた。ラオス南部の中心地の一つであるサワナケート県には農林水産業に係わる開発プロジェクトも数多く入っており、国際機関や外国政府の援助団体によるワークショップも頻繁に開かれているが、そのほとんどはテーマが特定の分野に限定され、参加者も右分野の関係者のみに限られるというのが通例だという。しかし、本ワークショップでは発表者の多くが、自分の専門分野(あるいは担当分野)に依拠しつつも、地域住民の生活においては農業、林業、水産業が一体となって営まれていることを強く意識しながら発表をしてくれた。発表後も分野を越えて活発な質疑応答が繰り広げられ、参加者にとって農業の総合性について考え直す良い契機になったものと思われる。さらに、最後のセッションである自由討論の冒頭、ASAFASアフリカ地域研究専攻院生の白石壮一郎(平成10年度入学)と黒崎龍吾(平成12年度入学)がアフリカでのフィールド調査の経験を踏まえ、アジアとアフリカの地域間比較についてコメントを述べてくれた。ただ、さまざまな分野の人々に発表してもらいたいという気持ちが先行しすぎてしまい、結果として発表者数が多くなりすぎ、質疑応答や自由討論の時間が十分ではなかったという感想も聞かれた。次回のワークショップへの教訓としたい。

  本ワークショップには、参加者リストに掲載されている49名(日本人11名、ラオス人38名)に加え、青年海外協力隊員を含むサワナケート県在住の日本人および同県農業・林業局の一般職員の参加をも得ることができ、参加者数は初日、2日目とも60名を上回るほどの盛況であった。2.に関連して、上記ラオス人38名の内訳は、ラオス国立大学を始めとする首都ビエンチャンからの参加者が14名、サワナケート県の職員が8名、郡の職員が5名および農家の人々が11名となっていた。あるチャンポーン郡職員は、これだけ幅広い範囲からさまざまな人々が参加する会議に出席するのは初めてであり、日本やビエンチャンから参加してくれた大学の教員や院生と直接意見交換できたのは貴重な経験だったとの感想を寄せてくれた。

  3.の「地域密着型」という考えは、本ワークショップ開催の話が持ち上がった当初からの我々の目標であり、一つの挑戦でもあった。サワナケート県はラオスの中では、交通の便も良く、比較的「ひらけた」地域であるが、通信機器やコンピューターなど設備面での制約は多く、準備を進めるうえでたびたび困難な事態に遭遇したことも事実である。また、ラオス語をワークショップの使用言語としたことは、極めて画期的な試みであったが、日本人参加者全員がラオス語に堪能なわけではない。ラオス語による発表については発表ペーパーの日本語もしくは英語の翻訳を配布し、ラオス語を解さない日本人の発表では、他の参加者が通訳をするなどしてラオス人と日本人の間の意思疎通に最大限努力したつもりである。確かに、ワークショップの規模に比べて通訳可能な人員が限られていたことなど改善すべき点もあったが、参加者から次回のワークショップは郡・村レベルで開催し、「在地に学ぶ」姿勢をさらに徹底させてはどうかという提案が数多く寄せられた。その意味で、本ワークショップは、次につながる確かな足場を築くことに成功したと言ってよいであろう。

4) 今後の計画
  LFSでは本ワークショップの内容を広く知ってもらうため、プロシーディングズ(会議録)を英語とラオス語で出版することを計画している。内容はワークショップにおいて配布されたペーパーに加え、質疑応答や自由討論の要旨も出来る限り収録するつもりである。英語版はラオスの農業生態、農業行政、農村開発などに関心を有する研究者、国際機関や外国政府の援助担当者、NGO関係者などに、ラオス語版はラオス人研究者や農業行政に携わる政府、県、郡の職員を始め、学生や農家の人々にも読んでもらえるようなものにしていきたい。

  ワークショップの成功を受けて、これまでサワナケート県で行ってきた共同研究をさらに発展させていきたいと考えている。具体的には、「持続的開発」における「在地の知識」の役割を重視するという今回のワークショップのアプローチを踏襲しつつも、研究の対象を農林水産業という生業に限定せず、村人たちの生活のなかでそれらと混然一体となって存在している慣習、信仰、儀礼、口承文化、過去の記憶などをも含め、より包括的な「在地の知識」を探求していくというものである。そのため、ワークショップに参加してくれたラオス国立大学林学部と農学部に加え、人文・社会科学系の諸学部とも連携しつつ、これまで以上に総合的な共同研究を目指して生きたい。

  

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