報告 No.1
ミャンマー・フィールド・ステーション活動報告(1)
ミャンマーの農村・漁村社会と農民・漁民の暮らしの歴史的変遷−伝統から近代へ−
大西信弘 (21世紀COE研究員)

フィールドステーションのあるSEAMEOの建物

典型的なイラワジデルタの農村風景。田畑と屋敷林のモザイクが続く

共同研究: 「ミャンマー社会の多様性とその変容」
  ミャンマーには、人口の約7割を占める Bamar の他に、Shan、Kayin、Rakhine など多くの少数民族が住んでいる。これら民族の分布のあり方も様々で、ラカイン州のようにRakhineとRakhine/Bamar(両親の一方がRakhine、他方がBamar)からなる地域もあれば、イラワジ管区のようにBamar、Kayin が混在してみられる地域もある。そこでBamar、Kayin の混在する地域に焦点を当て、それぞれの民族の村落の人々の日常生活・人間関係を紐解き、資源利用と人の協力関係のあり方を理解することで、資源交換、倫理、宗教性など人の社会性に関わる多様な側面をあきらかにし、民族の共存が成立する状況を理解することを目的とする。
  私たち人間は、生物資源を利用するほかに生活することは出来ない。この利用は、人からの一方的な利用にはならず、人の利用が資源の再生産の速度にも影響するし、土地改良などの人間活動が生物資源に与える影響も大きい(生物資源と人間活動との相互作用)。この不可避な資源利用において、協力、分配など様々な社会関係が生じる(資源利用と社会関係の相互作用)。私たちの宗教的な感覚や倫理は、資源利用における協力や分配といった社会関係と深い関わりを持っている。このように考えることで資源利用と社会関係の相互作用を人間の宗教感覚や倫理と関連づけて理解することで、私たちの日常生活から、宗教感覚や倫理観の理解へと見通すことが出来るのではないだろうか。

  調査地の選定のために、イラワジ管区の概況調査を行った。現在、雨季なので、南部のデルタ河口域にはボートでアクセスしなければならず、安全の確保が難しいため、車で行ける範囲に絞って調査を行った。調査は、5月21日−29日に行い、ヘンザダ、ガタインジョン、チャウンダ、マウービンの4つのタウンシップ、11の村を訪ねた。各タウンシップではマーケットの調査を行い農水産物の概況を調べた。また、おとずれた村では、村長に村の成立、概況についてインタビューを行った。マウービンでは、Kayin、Bamar が生活している村落があり、村落規模も約200世帯とイラワジ管区の中では比較的小さく、調査が容易と考えられたので、ここを中心に共同研究を進めていくことにした。各グループの教官、大学院生と相談し、大学院生を中心にして、以下の研究テーマについて調査を進めていく。各グループの教官たちは、隔月の調査で大学院生たちと一緒に調査に入り、調査を進めていく予定。

 

生物資源と人間活動との相互作用

マウービンにあるニャウンドン島の干拓事業の影響(地理学グループ: Dept. of Geography, Yangon Univ.)

村落の分布・土地利用と洪水リスクとの関係(地理学グループ: Dept. of Geography, Yangon Univ.)

水田漁労と水田の魚類の生態調査(動物学グループ: Dept. Zoology, Yangon Univ.)

肥料・農薬の利用による水田周辺環境の汚染と魚類への影響(動物学グループ: Dept. Zoology, Yangon Univ.)

屋敷林の構成、手入れ、構成の変化、利用を調査(植物学グループ: Dept. Botany, Yangon Univ.)
資源利用と社会関係の相互作用
漁業コミュニティの規模と利用資源との相互作用(動物学グループ: Dept. Zoology, Yangon Univ.)
宗教感覚の歴史的変遷 (歴史グループ: SEAMEO-CHAT & UHRC [University Historical Research Center] )
Bamar、Kayin の民族の移動の歴史とナッ(精霊)信仰の分布との関連

「バゴー山地周辺での雨量計・温湿度計の設置」

  竹田さんの研究グループの調査(バゴー山地の焼畑造林)のサポートとして、イエジン大学のカウンターパートとバゴー山地周辺に雨量計・温湿度計を設置した。

 (Paukkhaung [バゴー山地] )での雨量計の設置風景)

「日用品・農林水産資源のデータベース作成」
  この共同研究では、人の日常生活を研究対象として扱う。日常生活に利用される様々な品々、多岐にわたる農林水産資源について整理し、メインの共同研究をサポートすることを目的としてデータベースを作成中である。

1)切り花
  ミャンマーでは生活の様々な場面で切り花が使われている。ブッダに対する献花、ナッ(精霊)に対する献花、髪飾り、結婚式の装飾、葬式の献花、サイカ(サイドカー付き自転車を使った交通機関)の飾り、トラックバスの飾り、車の飾り、道ばたのガソリンの小売りをしている看板など多岐にわたる。暑さも手伝って、一日もたつとしおれてしまうが、こまめに手入れされていて、新鮮な花が飾られていることが多い。切り花は献花、装飾としてのみに使われることから、新鮮な花を供える・飾るという行為がコミュニケーションにおいて重要な意味を持つと考えられるだろう。花にまつわる習慣を、コミュニケーションの観点から理解することは、人々の日常生活を理解する上で重要な要素であるばかりでなく、花にまつわる宗教感覚や美醜の感覚への理解にもつながるだろう。
  そこで、手始めに、ヤンゴン、マンダレー、イラワジで売買されている切り花の産地・価格・利用目的の概要について調査した。現在、この結果を整理してデータベースを作成するともに、花にまつわることわざや習慣などについて情報収集も行っている。

 

2)仏像
  歴史グループは、これまでにラカイン州の仏像の図像の変遷と歴史的背景との関わり合いについて研究を進めてきた。現在、ミャンマーにみられる仏像について整理を進めるため、シュゥエダゴン・パゴダの周辺の店で売られている彫像のデータベースを作成中。

 

3)水産資源(Grouper: ハタ)
  水産資源として最も高価なGrouper(ハタ科ハタ亜科ハタ族魚類)は、中国をはじめとして輸出が盛んである。本族魚類は、種数も多く、よく似た種が多いので、水産業者の間でも複数の魚種に同一の呼称が使われることもしばしばである。FAOでも、インド洋東岸の情報は豊富とは言えず、今後、水産資源管理を行う上で分類学的な整理が必要とされる。そこで、ベンガル湾の東岸一帯の本族魚類のデータベース・識別ガイドを作成中。

Gazetteerなどの資料収集
  古書店に依頼して、資料を収集中。現在、Akyab, Arnherst, Bhamo, Henzada, Lower Chindwin, Mergui, Mytkyina, Northern Arakan, Pegu, Ruby Mines, Salween, Sandoway, Syrim, Tharrawaddy, Upper Chindwinの15のディストリクトについてガゼッティアを収集し終えたところ。

今後の予定
月1−2回 データベース作成のためのマーケット調査
7月8日−17日 グワでの漁村調査
7月下旬 竹田さん(ASAFAS教官)の研究グループがミャンマーで調査予定。
8月中旬 マウービンでの村落調査
9月 植物学グループがカチン州でタウンヤ(焼畑)調査
10月 松林さん(CSEAS教官)の医療グループがヤンゴンの老人ホームの調査予定。
3月上旬 ワークショップ開催

報告 >>No.2

 
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