フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2003年1月10日〜3月31日, 派遣国: エジプト
(1) 現代エジプトにおける大衆的イスラーム運動―ムスリム同胞団のダアワと草の根の諸活動を中心に
横田貴之  (東南アジア地域研究専攻)
キーワード: ムスリム同胞団,イスラーム社会活動,イスラーム政党,法解釈の革新,民主主義


カイロ大学におけるイラク戦争反戦学生デモ(2003年3月25日)

アズハルモスクにて、小杉教授を交えてアズハル大学学生との対談。
(2) 1970年代に中東地域で顕在化したイスラーム復興の潮流は、現在も社会における力強い流れとして、政治・経済・文化など社会のあらゆる領域に大きな影響を与えている。現代中東を理解する上で、イスラーム復興についての理解は不可欠のものである。博士論文では、エジプトにおけるイスラーム復興運動について、社会に広く大衆に根差した草の根型のイスラーム復興運動であるムスリム同胞団を中心に考察を行う。1928年にハサン・バンナーにより創設された同胞団は、中東地域で初めて、大衆に対する「ダアワ(イスラームへの呼びかけ)」によるイスラーム復興を目指した運動組織である。大衆という社会の草の根に根差したイスラーム復興運動を展開し、1940年代末にはエジプト最大の運動組織に発展した。ナセルの弾圧で一時は消滅したとされたが、1970年代に復活を遂げ、多数のメンバーを擁する同国最大のイスラーム復興運動として活躍している。現在も、活発なダアワ活動により多数のメンバーを獲得し、医療活動、教育活動、相互扶助組織運営など草の根に根差した活動を社会に広く展開している。草の根型イスラーム復興のモデルは、20世紀前半に同胞団によって提示され、現在まで同胞団とともに発展してきたといえよう。しかし、こうした同胞団の重要性にもかかわらず、これまで同胞団に対する研究は少数にとどまっており、更なる研究が望まれる状況にある。博士論文では、エジプトで最も代表的なイスラーム復興運動である同胞団について、同胞団の基本理念である「ダアワ」を鍵概念に、その思想と活動を考察し、同胞団の主導してきた草の根におけるイスラーム復興運動を考察する。思想については、バンナーなど歴代最高指導者や他メンバーの著作、機関紙『ダアワ』などからその考察を行う。草の根における諸活動については、フィールドワークによって調査を行う。教育活動や医療クリニックなどの社会奉仕活動、そして大衆を基盤に「イスラーム民主主義」を標榜する同胞団系政党ワサト党を調査対象とする。ダアワを軸に同胞団の思想と活動を総合的・有機的に理解し、その全体像を描き、草の根型イスラーム復興の発展や変遷を考察できる新たな視座の提示を目指す。

(3) 今回の現地調査では、特にワサト党を中心に調査を実施した。同党は、ムスリム同胞団の若手メンバーによる政党結成の運動である。今なお未認可ではあるが、イスラーム復興運動を合法的な政党として組織することに、新たなダアワ(da'wa:呼びかけ)の可能性を求める運動であり、同党はイスラーム復興運動の新たな展開を検討する上で重要である。今回の調査では、フィールド・ステーションを拠点に、同党本部を訪問し、党首アブー・アラー・マーディーらとのインタビューを行い、同党の組織理念について詳しく調査することができた。同党は、イスラームを「宗教としてのイスラーム」と「文明としてのイスラーム」に峻別し、後者により導き出された「イスラーム民主主義」の確立を主張している。「文明としてのイスラーム」とは「善なる基本理念」であり、ムスリムのみならず、キリスト教徒を含むその文明圏に暮らす全ての人々を包摂するものとされる。また、ワサト党の唱える「イスラーム民主主義」の下では、宗教の差異ではなく、イスラーム文明に属するエジプト国民であることが重視される。ここには、エジプト国内の宗教対立を回避しつつ、イスラーム的諸政策を達成しようとする同党の組織理念が現れている。限定的な民主主義しかない同国の政治状況の中で合法政党としてのイスラーム復興運動を認知させようとする同党の活動は、同胞団に代表される非合法組織としてのイスラーム復興運動の限界性と、今後の新たな展開の一端を示しているものといえよう。

 
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