:: 平成16年度 フィールド・ステーション年次報告
マレーシア
  (1)概略:
    21世紀COEプログラムによるバンギ・フィールド・ステーション(以下、バンギFS)は、マレーシア国民大学(Universiti Kebangsaan Malaysia: UKM)マレー文明・世界研究(The Institute of the Malay World and Civilization: ATMA)の4階に設置されています。バンギFSは、マレーシア、シンガポールにおけるASAFASおよびCSEASの学生・教員の臨地調査、臨地教育の拠点として、またマレーシア国民大学とASAFAS、CSEASの学術交流の場として使用されています。2004年度には、コンピュータ、プリンタ、スキャナ等の研究作業用機材にくわえ、研究報告用の機材としてマルティ・メディア・プロジェクタとスクリーンが備えられ、フィールド・ステーションを拠点とする勉強会や研究発表会をおこなうことができるように整備されました。  
     
    ATMAのマレー語クラスでの発表(加藤優子) バンギFSでの調査データの整理(加藤優子)  
     
    マレーシア地方行政制度に関する勉強会(1)
(Shamsul教授、加藤優子、河野元子)
マレーシア地方行政制度に関する勉強会(2)
(Shamsul教授、長津一史、加藤優子)
 
     
    臨地調査のデータ整理に関する勉強会(1)
(加藤優子)
臨地調査のデータ整理に関する勉強会(2)
(長津一史、河野元子)
 
     
    バンギFS連続ワークショップ(1)
第1回研究会
バンギFS連続ワークショップ(2)
第2回研究会
 
     
    バンギFS連続ワークショップ(3)
第3回研究会
バンギFS連続ワークショップ(4)
第3回研究会
 
     
    ウル・ランガットの加藤優子の調査地にて
(加藤優子のホストファミリー)
ウル・ランガットの加藤優子の調査地で話を聞く
(長津一史、加藤優子)
 
     
    狩猟から戻ってきたオラン・アスリの家族(スランゴル州)  
   
  (2)臨地調査と臨地教育:
    大学院生の調査活動
バンギFSは、ASAFAS大学院生の調査支援を活動のひとつの柱としています。昨年度同様、今年度も3人の大学院生がバンギFSを拠点として臨地調査や文献調査に従事しました。うち1人は、21世紀COEプログラムの助成を受けました。各院生はATMAや国民大学の他の研究所の教員から調査研究に関する指導を受け、また国民大学の大学院生や若手研究者とそれぞの研究テーマや臨地調査・資料調査の手法に関する討議をおこないました。他に1名の大学院生が21世紀COEプログラムの助成を受け、シンガポールにおいて臨地調査をおこないました。大学院生4名の調査の概略は以下のとおりです。
  1. 河野元子・地域進化論(平成11年度入学)・2004年度21世紀COEプログラムにより派遣
    調査期間: 2004年7月〜2005年3月
    調査地: トレンガヌ(Terengganu)州
    研究テーマ: 新経済政策下の沿岸漁業の展開と民族間関係の動態的研究―マレー漁村の社会再編とその特質
    1971年にマレーシア連邦政府が導入した新経済政策(New Economic Policy)―マレー人および他の先住民に社会経済的優遇措置を講じる政策、いわゆるブミプトラ政策―のもと、マレーシア東海岸のトレンガヌ州で漁業技術革新や遠洋漁業がいかに推進されてきたのか、海産物流通業者や零細漁民はそうした漁業近代化政策にどう対応してきたのか、マレー人の村と漁港を拠点として調査をおこなっています。
  2. 加藤優子・地域進化論(平成12年度入学)
    調査期間: 2004年6月〜2005年3月
    調査地: スランゴル(Selangor)州
    研究テーマ: マレーシアにおける出産の社会史―マレー農村の女性と産婆を中心として
    2004年6月から9月までATMAでマレー語クラスを受講した後、11月からスランゴル州ウル・ランガット(Hulu Langat)のミナンカバウ系マレー人の村で出産慣行に関する調査を開始しました。1970年代以降、病院での出産・治病が急速に一般化したマレーシアの農村部における伝統的産婆の役割の変化、および村人の出産にかかわる実践や慣行、意識の変化について、産婆や女性の個人史の聞き取りによりながら調査しています。 *加藤さんは、2003年度に21世紀COEプログラムによりバンギFSに派遣されました。
  3. 内藤大輔・東南アジア地域論(平成15年度入学)・2005年度21世紀COEプログラムにより派遣予定
    調査期間: 2004年6月〜2004年12月(予備調査) 
    調査地: ヌグリ・スンビラン(Negeri Sembilan)州
    研究テーマ: マレーシア半島部における森林認証制度とオラン・アスリ
    1990年代後半からマレーシアで施行されている森林認証制度―持続可能な森林管理が行われていることを一定の基準によって評価し認証を与え、その認証のもとで木材生産を推進する制度―について森林局やNGO等で資料調査をおこない、同時にヌグリ・スンビラン州のオラン・アスリと総称される先住民の村落において、森林での狩猟や採集に生計を依存するオラン・アスリが森林認証制度をいかに捉えているのか予備的な調査を実施しました。
  4. 高橋美由紀・地域進化論(平成14年度第3年次編入学)・2004年度21世紀COEプログラムにより派遣
    調査期間: 2004年12月〜2005年1月 
    調査地: シンガポール
    研究テーマ: シンガポールの華人社会―若い母親達の言語使用の多面性
    シンガポールにおいて言語教育の変遷と英語教育の実態に関する資料調査をおこない、同時にアンモキオ(Ang Mo Kio)地区の政府系公共住宅に居住する華人女性を主な対象として、世代、学歴、生活水準の差異と言語使用の変化の相関性に関する聞き取り調査をおこないました。
 
   
  (3)臨地教育:
   

2005年1月には長津がバンギFSを訪問し、河野元子と加藤(優子)とともに臨地調査のデータ整理に関する勉強会をおこないました。長津はファイル・メーカー、イラストレータなどのソフトウェアを用いた村落社会経済データベースや村落地図の作成方法について説明するとともに、村レベルの開発行政資料の収集法等についてアドバイスしました。
長津は河野、加藤とともに、加藤の調査地であるスランゴル州ウル・ランガットのミナンカバウ系マレー人の村を訪問し、加藤のホスト・ファミリーから移住の歴史や出産を含む医療実践の変化について話を聞きました。ウル・ランガットでの観察・聞き取りをふまえて、長津、河野、加藤は、村の医療実践の変化と、新経済政策の浸透やイスラーム復興運動の波及、保健医療制度の整備などのマクロな政治経済的文脈との連動性について討議しました。3人はスランゴル州のオラン・アスリの村も訪問し、医療施設の整備状況について村人から話を聞きました。
長津、河野、加藤はまた、ATMAのShamsul教授とともに、マレーシアの地方行政制度に関する勉強会をおこないました。勉強会では、Shamsul教授から地方行政制度の調査法に関する講義を受けました。
2月には、加藤剛がバンギFSを訪問し、河野と加藤に対して臨地教育をおこないました。河野とはトレンガヌ州における零細漁民の生計維持のあり方について議論し、その変化と持続の歴史過程を村落レベルの相互扶助から、政府機関による漁民への開発補助金制度までの異なるレベルの経済関係をふまえて具体的に辿る必要性を指摘しました。加藤優子に対しては、調査の初期段階で村および郡レベルの政治有力者の系譜やかれらの経済基盤を把握しておくよう指導しました。

 
   
  (4)電子資料の作成:
   

バンギFSでは、下記の資料の電子化を進めています。

  1. 植民地期北ボルネオ(現サバ州)の政府刊行物The British North Borneo Herald 1883-1941
  2. スランゴル州における出産医療に関する政府官報 Annual Reports, Department of Health, Selangor
  3. マレーシア漁業開発公社(全国版)の年次報告書Annual Reports, Fisheries Development Authority of Malaysia (LKIM)
これらの電子資料は、来年度に開設予定のバンギFSのホームページで公開し(学内専用)、同時にATMAのポータルサイトPADAT (Malay World Studies Database)に提供していきます。

 
   
  (5)連続ワークショップ:
    バンギFSでは、ASAFAS大学院生の河野と加藤が中心となって、2005年の1月20日、2月14日、3月14日に連続ワークショップ「それぞれのフィールドワーク―マレーシア研究の可能性を再考する」を開催しました。ワークショップは、同時期にマレーシアで臨地調査に従事している日本人若手研究者が各自の調査研究の進捗状況を報告するとともに、臨地調査において直面している学問的、技術的な問題点について討議することを目的として行われました。マレーシア国民大学、マラヤ大学、マレーシア国際イスラーム大学等に留学・所属する大学院生や研究者10〜15人が毎回参加し、マレーシア研究における臨地調査と史資料調査の手法、異なるディシプリン間の共同作業の可能性、マレーシア内の諸地域、あるいはマレーシアと隣接地域との比較研究の展望、従来、他の東南アジア諸地域の研究と比して面白みがないといわれていたマレーシア研究の魅力などについて活発な議論を交わしました。ワークショップの趣旨、プログラムについては、下記のサイトを参照してください。
http://areainfo.asafas.kyoto-u.ac.jp/japan/fsws/2005_malaysia/20050120.html
 
   
  (6)2005年度活動予定:
    今年度に開催した連続ワークショップは、同時期にマレーシアで調査を行っている日本人研究者が、ディシプリンの垣根を越えて互いの研究成果を伝え、マレーシア研究の情報を交換する場として有意義なものでした。2005年度にも同様のワークショップを組織することを検討しています。しかし、日本の大学院生や若手研究者の研究成果をマレーシアの研究者に伝え、またかれらの研究に学ぶためには、両者が参加する合同研究会を組織する必要があることはいうまでもありません。2005年度には、ATMAや他の研究科の若手教員とともに、そうした研究会ないしワークショップを組織することを予定しています。  
   
  (7)研究業績:
    論文・著書
  • 石川登2004 「国家が所有を宣言するとき―東南アジア島嶼部社会における領有について」三浦徹・岸本美緒・関本照夫(編)『比較史のアジア所有・契約・市場・公正』(イスラーム地域研究叢書4), 67-85頁所収. 東京: 東京大学出版会.
  • 加藤剛(編) 2004 『変容する東南アジア社会―民族・宗教・文化の動態』東京: めこん.
  • 加藤剛 2004 「現代インドネシアの文化政策と地域アイデンティティ―リアウ州のムラユ化の政治過程」加藤剛編『変容する東南アジア社会―民族・宗教・文化の動態』, 371-455頁所収. 東京: めこん.
  • 加藤優子 2005 「カジャン・ホスピタル産科の50年―マレーシアにおける出産の病院化の過程―」『アジア・アフリカ地域研究第4-2号』(印刷中)
  • 長津一史2004 「越境移動の構図―西セレベス海におけるサマ人と国家」関根政美・山本信人共編『海域アジア』(叢書現代東アジアと日本4), 91-128頁所収. 東京: 慶應義塾大学出版会.
  • 長津一史2004 「『正しい』宗教をめぐるポリティクス―マレーシア・サバ州、海サマ人社会における公的イスラームの経験」『文化人類学』69(1): 45-69.
  • 長津一史2004 「<正しい>宗教の政治学―マレーシア国境海域におけるイスラームと国家」加藤剛編『変容する東南アジア社会−民族・宗教・文化の動態』, 245-293頁所収. 東京: めこん.
  • 長津一史2005 「マレーシア島嶼部(サバ州)」文化庁文化部宗務課(編)『海外の宗教事情に関する調査報告書』東京: 文化庁(近刊).
学位論文
  • 内藤大輔「マレーシア半島部ヌグリ・スンビラン州における先住少数民族トゥムアンの生業変容」(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士予備論文)
  • 長津一史「マレーシア・サバ州における海サマ人の国家経験とイスラーム化」(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士学位請求論文)
口頭発表
  • 河野元子「村のフィールドワーク・図書館のフィールドワーク: 開発政策下マレー漁村調査での発見と模索」 21世紀COEプログラム・バンギ・フィールド・ステーション連続ワークショップ「それぞれのフィールドワーク――マレーシア研究の可能性を再考する」第3回研究会(The Institute of the Malay World and Civilization, Universiti Kebangsaan Malaysia,2005年3月14日).
  • 内藤大輔「先住少数民トゥムアンの生業変容に関する調査研究」21世紀COEプログラム・バンギ・フィールド・ステーション連続ワークショップ「それぞれのフィールドワーク――マレーシア研究の可能性を再考する」第3回研究会(The Institute of the Malay World and Civilization, Universiti Kebangsaan Malaysia,2005年3月14日).
  • Naito Daisuke “Orang Asli and Forest Certification in Malaysia”, Symposium on Orang Asli: Social and Community Well Being (Institute for Environment and Development (LESTARI), Universiti Kebangsaan Malaysia, 28th February 2004).
 

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