--「リーダーあいさつ」--

 21世紀COEプログラムの開始にあたって
 

プログラム・リーダー 加藤 剛
(2003年6月)

はじめに

  2002年10月、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(ASAFAS)と京都大学東南アジア研究所(CSEAS)の共同教育研究計画が文科省21世紀COEプログラムに採択され、発進した。わたしたちのプログラムについて説明する前に、文科省21世紀COEプログラムなるものの背景と目的について少し触れておきたい。というのも、個別プログラムの内容を理解する前に、そもそも文科省が21世紀COEプログラムを導入した意図はなんだったのかを、しっかり認識しておく必要があると考えるからである。

「平成の大学改革」と21世紀COEプログラム

  1991(平成3)年度に、のちに「平成の大学改革」と一部で称されるものが始まった。少子化、学力低下、教員・学生の国外流出を含む国際化などによる日本の大学の「地盤沈下」を背景に、文科省が次々と新しい高等教育政策を導入し始めたからである。

  「改革」の先駆けは、1991年度の大学設置基準の大幅緩和や大学院重点化(ないし大学院の部局化)で、これによって教養教育と専門教育の区分がなくなり、大学のカリキュラムが自由に決められるようになったが、旧教養部の再編を、大学院重点化との兼ね合いでどのような形で実現させるかが焦点となった。京都大学では、教養部が解体されて、代わりに大学院人間・環境学研究科(1991年度)と総合人間学部(1993年度)が創設された。かつてのベストセラー『知の技法』(1994年刊)は、こうした状況下で、東京大学駒場の生き残り策のなかから教養学部基礎演習テキストとして誕生したものである。

  90年代のその後の動きとしては、自己点検・評価や大学教員の任期制の導入、大学の研究成果(たとえば特許)を企業に橋渡しする技術移転機関(TLO、Technology Licensing Office)の制度化、第三者評価のための大学評価・学位授与機構の設立、専門職大学院構想などが矢継ぎ早に提言され、あるいは実施された。21世紀COEプログラムも、こうした流れのなかに位置づけられる。

  2001年6月、遠山敦子文科大臣が「大学の構造改革の方針」を発表した。いわいる「遠山プラン」である。その骨子は、再編統合、法人化、競争原理の導入である。再編統合では、国立大学の数の大幅削減と活性化を同時に達成するため、99国立大学間のスクラップ・アンド・ビルドが奨励された。現在までのところ、12組の国立大学、たとえば筑波大学と図書館情報大学、神戸大学と神戸商船大学が2003年度末までの統合を決めている。法人化とは、国立大学を速やかに独立行政法人化して、民間的発想による経営手法などを導入することを意味し、これは2004年4月1日から始まる、とされた。

  さて、競争原理である。これは、第三者評価の結果に応じて研究資金を重点的に配分し、高等教育研究機関のあいだに差異化を図り、選別された機関を世界最高水準に育成しようとするものである。当初「トップ・サーティ」、のちに「21世紀COEプログラム」と呼称変更されたものが、本格的な競争原理導入の第一歩とされたのである。

文科省21世紀COEプログラムの目的

  21世紀COEプログラムとは、「我が国の大学に世界最高水準の研究教育拠点を学問分野毎に形成し、研究水準の向上と世界をリードする創造的な人材育成を図るため、重点的な支援を行い、もって、国際競争力のある個性輝く大学づくり推進すること」を目的とするものである。「学問分野」としては10が決められ、当初は各分野毎に30の拠点を選別する計画であったことから、「トップ・サーティ」の名が生まれた。なお、「個性輝く大学づくり」「国際競争力の強化」は、「教育・文化立国」「科学技術創造立国」などと並び、現今の文科省の教育行政・大学行政におけるキーワードである。

  初年度の2002年度には、10分野のうちの5分野について申請が受け付けられた。生命科学、化学・材料科学、情報・電気・電子、人文科学、そして学際・複合・新領域である。各分野はさらに細分野に分かれ、わたしたちのプログラムは、「学際・複合・新領域」分野の細分野「地域研究」に該当する。2002年度の「21世紀COEプログラム」の予算総額は182億円、途中、第三者による中間評価を挟んで最大5年間続く予定である。2002年度には総数で464件の申請があり、113件が採択された。「学際・複合・新領域」(113件)は「生命科学」(112件)とならんでもっとも申請が多く、採択件数は24プログラムであった。

  なお、2003年度についても、21世紀COEプログラムの2期目として、医学系、数学・物理学・地球科学、機械・土木・建築・その他工学、社会科学、そして再度、学際・複合・新領域の5分野について企画の募集があり、合計611件の申請が寄せられ、5月現在、書類審査が進行中である。また、2003年度には、高等研究教育面だけでなく、学部を中心とする教育についても「特色ある大学教育支援プログラム」という21世紀COE的プログラムが開始されている。ただし、いずれのプログラムにおいても、2004年度に新規募集があるかどうかについては、現在のところ不透明である。

「地域研究」細分野の5プログラム

  「地域研究」細分野では、次の5件が、それぞれの大学院研究科主管によるプログラムとして採択された。

  • 東京外国語大学地域文化研究科「史資料ハブ地域文化研究拠点」
  • 上智大学外国語学研究科「地域立脚型グローバル・スタディーズの構築」
  • 早稲田大学政治学研究科「現代アジア学の創生」
  • 愛知大学中国研究科「国際中国学研究センター」
  • 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科「世界を先導する総合的地域研究拠点の形成
    ―フィールド・ステーションを活用した臨地教育・研究体制の確立」

  副題がついていることもあって、わたしたちの名称が一番長く、かつ面映くも「世界を先導する」などと唯一銘打ったプログラムとなっているが、副題はプログラムの内容を明確にするためであり、タイトルの大仰な導入は、上記21世紀COEプログラムの趣旨を認識した上での決意表明である。

  わたしたちのプログラムにはいくつかのキーワードが存在するが、そのうちの「臨地教育・研究の融合」、「地域研究統合情報化センター」、統一研究テーマ「地球・地域・人間の共生」を手がかりに、プログラムの概要を簡単に紹介することにしよう。

「総合的地域研究拠点の形成」における臨地教育・研究の融合

  まず、わたしたちのプログラムが立案された経緯について簡単に説明したい。

  京都大学では、東南アジアやアフリカを中心に地域研究の研究史は長いが、この分野における教育史はあまり長くはない。前史として、東南アジア研究所の生態系の教員が1981年度から京都大学大学院農学研究科熱帯農学専攻で教育に従事したことがあるが、より広い分野で本格的に取り組み始めたのは、10年ほど前からのことである。

  1991年度に上記大学院人間・環境学研究科が設立され、その2年後の1993年度に、同研究科内の文化・地域環境学専攻に東南アジア地域研究講座とアフリカ地域研究講座が設置されたのが始まりであった。その後、若干の紆余曲折ののち、基本的にはこの2つの講座が母体となり、人間・環境学研究科から独立して、1998年度に現在のアジア・アフリカ地域研究研究科が立ち上げられた。この間、教員たちが直面した深刻な問題は、フィールドワークを根幹の方法とする地域研究の教育において、費用の掛かる学生たちのフィールドワークをどのように促進するのか、そして、教室の外で行われるフィールドワークの訓練、さらには学生がフィールドワークに従事している間の教育をどうするのか、ということであった。

  わたしたちの21世紀COEプログラムの副題にある「フィールド・ステーションを活用した臨地教育・研究体制の確立」とは、この問題に正面から取り組もうとの姿勢を表したものである。すなわち、プログラムによって学生のフィールドワークを財政的に支援し、MOU(国際学術交流協定)に立脚して設立されたフィールド・ステーション等において教員・学生が「同じ釜の飯」を食い、あるいは臨地研究に従事することによって、「現場」での教育と研究を融合させ、いずれはオンサイト・エデュケーションをオンキャンパス・エデュケーションにも反映させたい、との意図である。

「地域研究統合情報化センター」の目指すところ

  プログラムのもうひとつの柱が、東南アジア研究所、アフリカ地域研究資料センターと協同して立ち上げる予定のアジア・アフリカ地域についての資料情報収集・発信の拠点、「地域研究統合情報化センター」(Area Studies Information Center、略称 Area Info)を、プログラムの予算によってハード(機器や資料の購入)、ソフト(専門家の雇い上げ)両面において整備することである。

  地域研究統合情報化センターは、東南アジア研究所が主管組織となり、研究科とともに取り組んだ研究計画、特別推進研究(前COE)「アジア・アフリカにおける地域編成:原型・変容・転成」(1998〜2002年度)の成果として期待されているもので、このプログラムは、多元的な資料の収集と地域研究の国際的な人的ネットワークの構築を目的とするものであった。地域研究統合情報化センター設置に向けての具体的動きとしては、2003年度にASAFAS・CSEAS間で設置準備室を立ち上げ、2004年度に学内措置の施設として実現させる予定である。そのためのサーヴァー等の購入、専門家の雇い上げは、すでに21世紀COEプログラムの2002年度の予算から始まっている。

  地域研究統合情報化センターの役目は、臨地教育・臨地研究を支援・補完し、アジア・アフリカ地域に関する多元的な情報を統合的に蓄積、加工、発信するとともに、アジア・アフリカ地域研究にかかわる研究者・機関との情報デジタル・ネットワークの国際的な結節点として機能する、というものである。前者は、「現場」における臨地教育・臨地研究の融合を側面から支えることを目的としており、後者は、世界との双方向的・非覇権的な情報発信・交換によって、地域研究における研究・教育の深化と、その成果の社会的還元を目指している。まさに「世界を先導する」意気込みであるが、「有言」に「実行」をどのように伴わせるのか、これからが正念場である。なお、多元的な情報とは、ASAFAS、CSEASの文理融合的な地域研究においては、多様な地域言語による書籍・逐次刊行物はいうに及ばず、地図、航空写真、ランドサット画像、視聴覚資料、植物標本等々、これらをデジタル化したものを含みつつ、まさに多種・多様な情報を利用するからである。

統一研究テーマ「地球・地域・人間の共生」の位置づけ

  学生のフィールドワークの財政的支援、「現場」における臨地教育・研究の融合、多元的情報の統合的蓄積・加工・発信、等々といっても、21世紀COEプログラムの予算は限られており、またASAFAS、CSEASスタッフの労力、エネルギーも有限である。アジア・アフリカ地域に関するものならなんでもあり、というわけにはいかない。そこで、わたしたちのプログラムにおいて重点的に取り上げる統一研究テーマを設定しよう、ということになった。

  統一テーマを選択するにあたっては3つの配慮がなされた。ひとつは、わたしたちの掲げる総合的地域研究である。これは、フィールドワークを根幹の方法とし、アジア・アフリカ地域の生態・社会・文化の動態的な相互関係性を「文理融合」をキーワードに統合的に把握し、現代の諸問題群に知的にかかわる地域研究、別言すれば、臨地研究、統合研究、構想研究としての総合的地域研究である。

  2つ目は、アジア・アフリカ地域研究研究科ならびに東南アジア研究所によるこれまでの研究の特色である。それは、生態や環境に関する研究が重要な柱である、ということである。そして、3つ目が、近年、京都大学が定めた大学の基本理念「地球社会の調和ある共存」である。

  こうした配慮から、最終的に合意された統一研究テーマが、「地球・地域・人間の共生」である。そして、このテーマに関係しながら、より絞り込まれた問題群として、人間生態問題群、政治経済問題群、社会文化問題群、さらに文理融合に向けた方法論を考える地域研究論問題群が設定された。わたしたちのプログラムによって支援される活動は、これらの統一研究テーマや問題群の枠内のものであり、このなかでの知識の蓄積と情報発進を集中的に促進していく、ということになる。

新たな飛躍を目指して

  2002年度は、ASAFASにとって非常に意義深い年となった。5年一貫制教育を特徴として1998年4月に創設された研究科は、この年に制度上の完成を迎え、年度の終わりには最初の地域研究博士を送り出した。さらには、特別推進研究「アジア・アフリカにおける地域編成」(1998〜2002年度)を成功裏に終了させ、ここで紹介した教育研究計画「世界を先導する総合的地域研究拠点の形成」を、新たに21世紀COEプログラム(2002〜2006年度)として始動させることができた。2006年度にプログラムが終わった時点で、どれだけの博士論文が完成しているか、今から楽しみである。もちろん、期待しているのはこれだけのことではないが。

  上のような実績を背景に、ASAFASは現在いくつかの短中期計画を策定している。ひとつは、既述のように、東南アジア研究所と協同して、アジア・アフリカ地域についての資料情報収集・発信の拠点、「地域研究統合情報化センター」を立ち上げ、さらには日本における地域研究の拠点とするべく、新センター・ASAFAS・CSEASの間で「京都大学地域研究機構」を構築することである。2つ目は、情報環境の整備だけでなく、建物の新営など、教員・学生が研究教育活動に専念できるよう、研究科の研究教育環境一般の改善である。3つ目は、自己点検・評価ならびに外部評価の実施で、これまでの研究科の経験を内・外の視点から精査し、研究科のカリキュラムや講座のあり方を反芻・再検討するとともに、総合的地域研究のためのよりよい教育研究体制の構築を目指すことである。このなかには、連環地域論講座の拡充による「南・西アジア地域専攻」の立ち上げ、さらには「地域間比較研究専攻」構想も含まれている。

  フィールド・ステーションの設置、臨地教育・研究の融合、地域研究統合情報化センターの整備――これらのいずれもが、21世紀COEプログラムの終了によって大団円を迎えるわけではない。むしろ、今からすでに始まっているチャレンジは、上記のようなASAFASの短中期計画を視野に入れながら、21世紀COEプログラムの成果をどのように結実させ、さらにそれをどのように大きく育てていくかである。

 
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