現地セミナー
 
 タンザニア・ドドマ州農村における階層構造の動向 −人々の牧畜への関わりかたの多様化をめぐって−
  長谷川竜生 (大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・アフリカ地域研究専攻)
   
日時: 2004年2月20日(金) 18:00〜21:00
  場所: タンザニア・フィールド・ステーション
  参加者: 在タンザニア邦人(国際協力専門家、コンサルタント、大学院生など10人)
 
 
 発表目的
    報告者は、アフリカの農村社会に内在する経済的格差(階層)の力学を解明することを目的として研究を続けている。その一環として、2002年12月〜2003年3月と2004年1月〜2月の5ヵ月間、タンザニア連合共和国ドドマ州の一農村で、フィールドワークを実施した。本セミナーでは、これらのフィールドワークで得られた情報をもとにして、調査村の階層構造の実態を紹介した後に、この階層構造の動態について考察した。また、発表後に参加者とのディスカッションを行って考察を深めた。
    
 発表内容
 

  調査村は、タンザニアのドドマ州ドドマ・ルーラル県チパンガB村である。調査村の住民の99%は、ゴゴと呼ばれるエスニック・グループに属する。半乾燥地の過酷な環境に適応するために、ゴゴ社会では伝統的に農牧複合型の生業が営まれてきた。現在でもゴゴ社会では、家畜のなかでも特に牛に、高い経済的価値と社会的価値を置いている。調査村は、州都ドドマ市から約60kmに位置しており、現金経済が急速に浸透しているとはいえ、家畜に依存する生業経済が引き続き存続している。村の人々は、まとまった資産を持つと、家畜と交換するのが普通である。その意味で、家畜は現在でも「庶民の銀行」の役割を果たしている。そこで、このセミナーでは、村内の経済格差を大局的に把握するために、牛の所有頭数に注目することにした。

  まず初めに、調査村(人口約2,500人)における牛の所有者とその頭数について、2001年から2003年までの変化を分析した。その結果、以下のことが明らかになった。

1. 牛の総頭数は、常に2,800頭前後である。
牛所有者の中庭につくられた家畜囲い  
2. 牛の所有者は、常に70人前後である。所有頭数は、最低1頭から最高400頭まで幅広い。このセミナーでは、牛の所有頭数によって、所有者を特上層(251頭以上)上層(101〜250頭)中層(51〜100頭)下層(1〜50頭)に分類した。
3. 特上層は、2002年に初めて2人出現し、2003年には3人に増えている。
4. 下層の人数に変化はない。ただし、他の階層と比べると、この期間中に所有頭数を減らした人々が圧倒的に多い。

  以上により、この3年間の変化をまとめると、上層が牛を増やして特上層となり、下層が牛を減らしていくことにより、特上層に牛が偏在していると考えられた。

  次に、この3年間で牛の偏在化が進行した経緯を明らかにするために、調査村にある一村区の総てのホームステッドの家長について階層別に分類したうえで、家畜飼養に関する事例を収集した。ここでは特に、家長が所有する牛が増減した経緯と、他の階層の家長と行った牛のやりとり(交換、売買、委受託)に注目した。その結果、以下のことが明らかになった。

5. 総ての階層において、牛を増やす基本的な手段は、自然繁殖と家畜同士の交換である。
6. 特上層・上層には、二つのタイプがいる。牛の自然繁殖力と交換のみによって増やすタイプと、なんらかの現金収入源(家畜商、換金作物栽培、家畜泥棒など)を組みあわせるタイプである。前者は、安定して継続的に牛を増やしている。後者は、所有頭数の変動が激しい。特上層となっているのは、後者タイプである。
7. 中層・下層が牛を減らした経緯には、食糧を購入するために牛を売った事例、現金収入源となるビジネスに牛を投資して失敗した事例、家畜泥棒の被害が契機となって牛を失った事例、農村外就労に就くために牛を売った/譲った事例などがあった。中層・下層が牛を完全に失うと、再び牛を所有することは少ない。ただし、その場合でも牛を受託して飼ったり、牧夫として雇われたりして、搾乳牛を確保していることが多い。その結果、特上層・上層が所有する牛を放牧する労働力は、かなりの割合で中層・小層が担っている。また、この3年間で家畜泥棒が増えたことから、中層・下層では自分の家畜を守るために、威信のある特上層・上層の家畜を受託したり、家畜泥棒の間接的なサポートをしたりする人々が増えている。

これらの結果から、この地域の階層の長期的動向について考察した。

8. 特上層が差異化の基盤としている現金収入源は、家畜や農産物の市場価格・治安状況などに左右されやすく、不安定である。また、それゆえに専門知識・人脈・経営感覚を必要とする。さらに、家畜商を営む特上層は、有能なパートナーを求めて親族内だけでなく、親族外からも能力のある人材を登用している。このため、家畜商に参入する門戸は、比較的ひろく開かれている。これらを考えると、現在の特上層が親族内だけで一人勝ちを続けて、長期的に牛の偏在化が進行していくとは考えられない。
水場に集まる放牧中の牛
9. 中層・下層が牛を失うと、再び牛を所有することが少ないのは、牛を所有するリスクが高いという経済的側面を重視する考えかたや、いつでも農村外就労に行ける環境を維持したいという動機が関係している。つまり中層・下層は、現状では特上層・上層の牛を受託して、放牧の労働力を担っているものの、半面では新しい生業のありかたを模索しつつあるという、きわめて流動的な存在である。
10. 8. と9. を考えると、この階層構造が二極分化に進行する可能性は低い。むしろ中層・下層の流動性が、どのように変化するかということが、今後の階層構造を決定する要因になるのではないかと考えられた。
     

 

 
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