フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2003年7月10日〜2004年2月10日, 派遣国: エジプト
(1) タリーカの組織形態とその内的論理
新井一寛 (東南アジア地域研究専攻)
キーワード: タリーカ,組織,宗教実践,効率性,情動性


マウリド(生誕祭)におけるジャーズーリーヤ教団

給仕の仕事を行う青メンバー

ナシード(詩)の吟唱を行う緑メンバー

ズィクルにおけるメンバー

マジュズーブ(酩酊状態の人)になったメンバー
(2) フィールドワークを通じて、複数のタリーカ(スーフィー教団)の実態を明らかにし、各タリーカの特徴を構成している諸要素とそれらの関係、そこにおける内的論理について考察し、既存のディシプリンの枠にとらわれない、タリーカの内在的理解のための独自の理論構築(タリーカ組織論)を目指す。博論の究極的な関心は、アッラーの存在感得を目指す個々人の感情・行為が、その道において相対化すべき他者とどのようにつながり、どのような論理でタリーカという秩序形成に向かうのかということである。その際特に、18世紀以降タリーカに現れた「近代的」組織性に注目する。それは一部で「ネオ・スーフィズム」と形容されているもので、「イスラーム近代化論」にも素材を提供している。これは、中央集権化、メンバーシップの厳格化、成分化された規則の制定などの特徴に「近代性」を見て取るものである。確かにこの潮流が、タリーカ研究に新たな視座を提供したことは間違いない。しかし、「近代性」に注目するあまり、目的論的・発展段階的にタリーカを捉えることは危険である。上で述べたように、タリーカを内在的に理解し、そこにおける論理と「近代的」組織性あるいは「近代性」との関係を微細に見ていくことが重要である。そうした作業を、積み上げていき、その結果として「タリーカ組織論」を展開する。この研究を通して、西洋近代的な認識に立脚した合理性と神秘主義の二項対立に何らかの問題提起を行うことができるであろう。

(3) 今回のフィールド調査では、複数のタリーカを調査した。そのひとつとして、ジャーズーリーヤ・シャーズィリーヤ教団は以下のような特徴があった。当教団は、効率的な宗教実践システムを有していた。また各種行事における活動も合目的的・効率的に行っていた。こうした当教団の諸活動はシャイフから発せられる命令を源とし、それを忠実にこなすメンバーによって運営されていた。しかし、その反面で、当教団では熱狂的なシャイフへの個人崇敬に起因する「情動性」が見られた。エジプトには幾つか当教団の様に効率的な組織運営を行うタリーカがあるが、それらでは「情動性」は統御・抑制されていた。しかし、当教団では「情動性」が効率性の源であるシャイフの絶対性を強化することで、効率性と「情動性」が融合しているのであった。一般的に明晰性と計算可能性を特徴とする認識理性に基づく西洋近代的な観点からすれば、「情動性」と効率性は相容れないものである。当教団においてこの融合が可能なのは、実体レベルにおいて具体的な身体であるシャイフがこうした「論理上」の矛盾を許容できる器であるためであった。またその他にも西洋的規模からすれば矛盾と思えるものがある。例えば、シャイフはメンバーにとって強固な絶対性を有する隔絶した存在であるが、同時に父であり友人であり親近性に基づく存在でもある。しかし、これらは当教団内で融合し、ジャーズーリーヤ教団という独特なタリーカを形成している。つまり、「論理的」に相反するものも、メンバーとの関係性において導師・命令者・父親・友人などを許容し得る具体的な身体を通じると、実体レベルにおいてそれらは同時に同じ枠内で作用し、ある種の秩序を形成するのである。ここでは当教団が多面的器であるシャイフを通じて、あるいは核として、スーフィズムと人々の多様な宗教的欲求、「近代性」が融合して生まれた秩序であることがわかる。具体的に当教団の秩序の特徴は、シャイフとメンバーの関係性の多様性を反映して、擬似家族性を帯びた合目的的・効率的な組織というものであった。しかし、全てのタリーカが具体的身体であるシャイフの多面性を核として、秩序付けられているわけではない。また、全てのタリーカにおいて、当教団の様に「情動性」が組織維持につながっているわけではない。例えば、他の例としてティジャーニーヤ教団がある。この組織的革新性を有しているタリーカで有名であるが、当教団では厳格な規則や形式的宗教実践、交換可能なシャイフなどによって、組織的観点からみた合目的性や効率性が担保されていた。しかし、スーフィズム実践が特定のシャイフとの全人格的交流を基礎としていることから、メンバーが唯一・特定のシャイフに「情動性」を向けてしまうことがあり、組織的「合理性」を担保している交換可能なシャイフが機能しなくなる場合がある。実際当該教団内では、特定のシャイフが強力なカリスマになり、当教団の権威構造を支える創始者の権威を脅かし、その構造に支えられた実体レベルにおける教団全体の統一性を脅かすものとなった事例があった。つまり当教団では、ジャーズーリーヤ教団と異なり、特定シャイフへのメンバーの「情動性」が組織的観点からみて「非合理」に働いてしまう可能性をもっていたのである。以上述べたように、組織的革新性を有したタリーカといってもその内実はかなり異なることが明らかとなった。今後、「組織性」とスーフィズム実践が、どのような論理を有しながら、タリーカという一定の「秩序」を創出しているかを多くのタリーカを比較しながら内在的に考察していくことが重要であろう(カイロ滞在期間:2003年8月2日〜2月10日)。

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【映像資料名】
マウリド(聖者の生誕祭)におけるタリーカ(スーフィー教団)
【撮影場所】
エジプト
【撮影日時】
2004年10月、11月 / 2005年6月
【編集】
川瀬慈
【作品について】
現在エジプト全土で約2850行われているマウリドにおける、スーフィー教団の活動 の一端を記録

 
 

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