フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2003年6月3日〜2003年12月12日, 派遣国: フィリピン
(1) フィリピン・ルソン島におけるココヤシ栽培地域の家族と社会変容−ラグナ州の事例から
藤井美穂 (東南アジア地域研究専攻)
キーワード: 小農,経済生活,ココヤシ栽培,土地所有,「高地」地域

バナハオ山とサン・クリストバル山における国有地の畑地は、「ホームステッド」と呼ばれ、住民の祖父母が開墾した土地であるが、法的な所有が認められていない。1970年代末までは、家族が作業小屋に寝泊りして野菜を栽培した。現在、野菜栽培は男の仕事である。

標高600mの傾斜地でキャベツを栽培する10代の青年。高校を卒業したが仕事がないため、仕方なく野菜栽培をしている。
(2) 本研究は、フィリピン・ルソン島におけるココヤシ栽培小農の村の社会変容を考察することにより、第二次世界大戦後から現在までの約50年にわたる農村社会の再編成の過程を描くことを目的とする。
  調査村が位置する南タガログ地方ラグナ州のバナハオ山麓から山腹斜面はココヤシ栽培の歴史が古い。19世紀半ばにはすでに、ルソン島におけるココヤシ蒸留酒の主要な生産地であった。つづくアメリカ植民地期になると、ラグナ州は南タガログ地方のココヤシ産業の一つの中心地として発展した。そして現在、ココヤシ栽培は丘陵地と山腹斜面を中心とする広い範囲の地域で行われ、同州の農地面積全体の約70%を占めるに至っている。
  従来、ルソン島の農村研究の多くは低地稲作農村の土地制度と地主・小作関係を対象とするものであった。それらは、農地改革や「緑の革命」による社会階層分化に研究の中心をおき、農村社会の変動を捉えた数多くの優れた研究を生み出してきた。
  しかし、これらの研究は、地主的な所有という土地制度における社会的矛盾や地主と小作人の対立といった社会変動の要因を中心とする視点からなされたものが多い。そのため、小農が多く農地改革が実施されなかったココヤシ栽培地域は稲作地域に比べて等閑視されてきた。また、ラグナ州を対象とした先行研究では、ココヤシ栽培地域は稲作が中心である低地の社会構造を支える一周辺地域として捉えられている。一般にフィリピン社会では、調査地域は低地キリスト教徒社会に位置づけられている。
  しかしながら、派遣者が見聞したところによると、バナハオ山麓から山腹斜面のココヤシ栽培地域は、調査地域及びラグナ州低地の住民から「高地」(itaas)と呼ばれ、低地とは区別されている。歴史的に「高地」地域は生態環境、土地所有および生業形態が低地稲作地域とは異なる。従って、地域住民が分節する「高地」地域は低地キリスト教徒社会と文化要素を共有する、その一地域でありながら、相対的に独立し統合された社会と見ることができよう。
  本研究では低地とは異なる「高地」地域の小農社会においてもっとも価値ある資産とされる土地に焦点を合わせ、土地資源の利用と家族経営の関係における変化の過程を分析し、「高地」地域の変化のメカニズムについて明らかにする。

(3) 現地調査は、2003年6月3日から9月29日および2003年11月10日から12月12日までの計5ヶ月間、フィリピン・ラグナ州の調査村、調査地域住民が耕作するバナハオ山とサン・クリストバル山を中心に行った。
  調査村の多くの住民は小農であるため、土地所有と密接に関連する社会関係が展開されていることに着目し、今回は土地に焦点をあて2つの視点から調査した。
  一つ目は、ラグナ州「高地」地域における社会構造の変化を捉えるために、土地所有と親族組織との関係、およびその変遷に関する聞き取りを行った。さらに、その聞き書きをもとに、村内外の土地の面積、栽培作物の数、養豚小屋等の土地利用状況について調査した。また、1970年代と現在の調査村住民の土地所有図及び土地利用図を作成した。
  二つ目は、生業の立地条件に関する調査である。調査村及び「高地」地域住民の耕作地の空間認識と土地利用に関する調査を行った。以上の調査の結果から次の3点が明らかになった。
  第一に、村には土地の所有面積の規模に基づく階層が存在することである。住民は過去の記憶をたどり、現在の状況を語る際に「私たちは低地の村とは異なり、地主も土地が無い者もいない。だから、低地の村のような大金持ちもいないが貧乏人もいない」としばしば言い、過去も現在と同様に低地の村に見られる貧富の格差がなく、平準化していることを強調する。しかし、20世紀初頭から現在に至る土地所有の変遷をみると、低地稲作地帯の大土地所有形態は存在しないが、村には歴然とした土地所有規模に基づく階層が存在しており、土地所有規模が大きい階層は現在もその規模を維持していた。
  第二に、土地所有は、彼らのいう「名誉」と密接な関係をもっている。調査地の住民は、一家族が山腹斜面に分散して所有する土地を一つのまとまった財産とみなし、それを何世代にもわたって保有し、相続してきた家族が社会階層の上位に位置すると考えている。そして、上層に位置する家族には、ふるまいや施しという「名誉の行為」が期待されている。このことは「高地」地域では、土地の売却が極めて少ないことと関連があったと思われる。このように住民同士は、土地所有規模に基づいて「名誉の行為」を与える側と受ける側に自らを分類しており、その関係は村祭り、結婚式、葬式等、及び経済活動でも見られた。住民の経済活動は村を取り巻く市場経済の浸透だけでなく、「名誉の行為」を維持しようとする住民の価値とも複雑に絡みあっていることが明らかとなった。
  第三に、「高地」地域住民が共有する土地資源と土地利用に関する在来の知識である。住民が「高地」地域の山の高度及び地形により分類した土地の名称、そして、その土地の形状と地質、各土地に適した栽培作物と栽培時期について詳細に把握していたことである。すなわち、住民は自分の耕作地だけでなく、「高地」地域の広範囲にわたる土地資源と土地利用に関する知識を共有していたのである。この在来の知識は、住民の土地利用及び土地資源の保有と管理のメカニズムと密接なかかわりがあることが分かった。

 
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