(3) 上に挙げた目的のうちはじめの項目、プナン・ブナルイの植物利用と認識についてとくに重点的に調査を行った。一昨年の調査結果と併せてまとまったデータが集められたので、投稿論文を執筆中である。要点は、利用植物相は薬用植物や葉食植物などについては同地域の農耕民より限定的であること、利用価値の低い植物でも名前をつけていないことはほとんどないこと、植物名には二次語彙を多用していることなどである。利用植物については「狩猟採集民は農耕民より限られた生物相しか利用しない」という一般的な経験則に合致しているが、植物名については「狩猟採集民は生物名に二次語彙をあまり使わない」という経験則に合わない。後者の乖離については、プナンは農耕民から言語的な影響を受けやすい立場にあることと、ボルネオの森林植物がひとつの属内で多くの種が分化しているというかたちの多様性を持っていることによりプナンが二次語彙を発達させたためにおこったと私は推測している。また、狩猟採集民が大雑把なグループごとにしか生物に名前をつけていない(と信じられていた)ことから狩猟採集民が農耕民に比べ生物を詳しく観察していないという仮説もあるが、このプナン・ブナルイのケースでは狩猟採集民が自然をよく観察していることも明らかになった。