(3) モランはみずからをビーズで飾るだけでなく、未婚の娘に大量のビーズを与えて社会的に認められた恋人関係をつくる。この恋人関係は、独占的な性関係をともなう関係であること、関係が成立するとモランと娘の母親のあいだやモランと娘の姉妹のあいだに忌避関係ができることなど、婚姻に似たいくつかの特徴をもつ。しかし、相手を外婚単位であるクランの内部から選ぶ点、また、娘が割礼を受けていないために出産を禁止されているという点において婚姻とは大きく異なっている。今回の派遣では、このビーズの授受を介した恋人関係の実態を把握し、これを婚姻と比較することによって、この恋人関係を年齢体系の中に位置づけることを目的とした。2003年8月15日〜10月10日には、サンブルで現地調査を行い、恋人関係の成立から結末までの事例や恋人をめぐるモランの抗争の事例を収集した。20代から80代の男性約360人について、娘にビーズを与えた経験の有無、相手は自分と同じクランであったかどうかなどについてのデータを取得した。また、モランと娘の恋人関係をよくあらわしている歌(モランが日常のダンスのときに歌う歌、モランが恋人の結婚に際してうたう歌、母親が娘の結婚に際してうたう歌など)を録音して歌詞をおこした。これらの分析の結果、ビーズの授受を介した恋人関係と婚姻とは、クラン内の性/クラン外の性、出産しない性/出産する性など対照的な特徴をもつことが明らかになった。そして、同時に、未婚期にクラン外に恋人をもつ人が増加したり、結婚前に割礼・出産をする娘が増加するなど、このふたつの対比が変容の過程にあることも明らかになった。
また、2003年10月14日から一週間は、ロンドンのRoyal Anthropology Institute、Royal Geographical
Societyにおいて写真資料の収集を行い、おもに植民地期のサンブルの人びとの写真を入手することができた。今後、これを裏付け資料として、外部の文化との接触にまつわる顕著な出来事(第二次世界大戦時のケニア軍隊への雇用、学校教育、都市での出稼ぎ、家畜市の設立)と関連づけながら、身体装飾の歴史的な変遷をまとめる予定である。