(3) 今回の滞在目的の一つは、本研究の調査地を探すことであった。研究の調査地を決めるに当たって、今回は特に資源管理に関わるプロジェクトが実施されている地域を中心に、いくつかの地域を見て回った。そして、ラッシャヒ県、シャッキラ県、モウロビバザール県、シュナムゴンジ県におけるSEMP(Sustainable Environmental Management Program)の実施状況を調査してきた。このプロジェクトは、UNDPからの援助を受けたもので、バングラデシュの環境・森林省によって管理され、実際には、多くのNGOやGOによって実施されている。
私は、ダッカとこれらの地域を往復しながら現地における参与観察とレポート、公的文書類の収集を行い、最終的に、シレット地区、モウロビバザール県とシュナムゴンジ県のベンガル語でハオールと呼ばれる湿原で実施されている環境資源管理に関わるプロジェクトを今回の調査対象とすることにした。それは以下の通りである。
- シュナムゴンジ県: SEMP及びCBFM-2(Community-Base Fisheries Management Phase-2)
- モウロビバザール県:上記の二つのプロジェクトに加えてCWBMP(Coastal and Wetland Biodiversity Management Project)
今回のもう一つの調査目的は、研究の目的に沿ってプロジェクトに関わるアクターにインタビューを行い、それぞれのアクターが資源の意味や利用、管理のあり方のどのような問題をめぐって競合、交渉しているのか、今後の調査、研究の手がかりをつかむことである。インタビューの対象となったのは、CNRS(SEMPとCBFM-2を実施しているNGO)、環境庁の地域職員とUNDP職員(CWBMPの計画・実施を担う)、地方政府の職員、プロジェクトによって組織されたCBO(Community-Based Organization)のメンバーの村人といったプロジェクトに直接関わるアクターである。これらのインタビューから、資源の意味やその管理のあり方をめぐる複数のアクターの交渉と競合の事例を見ることができた。たとえば、ギラソラ・ユニオン(行政区)には、野生生物保護区に指定された森林があるのだが、この森林が野生生物保護区に指定されたいきさつには、その森をめぐる周辺の村人、地方政府、そしてNGOのそれぞれの異なる思惑とその妥協が見られる。この森はインド分離独立以来地域住民と政府の間で、その所有権をめぐって長年紛争が続いていた。この森の中には聖者廟があるのだが、地域住民は、この森は植民地期にザミンダールからコミュニティに与えられたものであるため、共有地だと主張している。一方、政府は1956年の土地改正でこれらのザミンダールの土地は政府所有地になっており、したがってこの森も政府所有地であると主張しているのである。また、このギラソラ・ユニオンの住民は当初NGOのプロジェクトを警戒し、それを受け入れようとしなかったという背景がある。この野生生物保護として実施されるこのプロジェクトは、この地域で何らかの形でプロジェクトを導入しなければならないNGO、この森を政府所有地としてプロジェクトの導入に許可を与える政府、そして、この森の野生生物保護区への指定という形で森の実質的な管理権を獲得しようとする地域住民といった、それぞれの異なる思惑の上に成立していると考えられる。この事例が示すように、プロジェクトは必ずしも「統治のプロジェクト」として対象となる資源や住民を「統治可能な主体」として規定するのではなく、資源をめぐる多様なアクターの競合や交渉、そしてプロジェクトの意味の作りかえにおいて成立しているのである。
今後は、こうした事例をもとに、異なるアクターがどのような関係において資源をめぐり競合し、資源の利用や管理のあり方を決定していくのか、そのプロセスを見ていくことで資源管理をめぐる統治がどのように再構築されていくのかを明らかにしたい。