フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2005年1月5日〜3月23日, 派遣国: ケニア、 ウガンダ
(1) 東アフリカ牧畜社会における家畜の体色と色彩認識に関する人類学的研究
波佐間逸博 (アフリカ地域研究専攻)
キーワード: 視覚,比喩表現,個体識別,色と模様,牧畜民


Meri-Akwangan(「小さな黒い斑点のある白い個体」;写真中の前列右側)について歌われる詩のひとつ。
「粒子の散乱 空のよう
斑模様のタマゴのおまえよ
粒子の散乱 空のよう
それはちょうど星たちのよう
タマリンドの木の下からの空のよう」
(2) 本研究は、ウガンダ共和国北東部に居住する牧畜民における色彩認識を、家畜の体色との関連において記載し分析することを目的としている。
  ウガンダの牧畜民社会においてはウシ、ヤギ、ヒツジ、ロバなどの家畜が飼養され、これらはすべて個体識別されている。個体識別に手がかりを与える示差特徴として、体色はとくに重要なものであり、放牧や搾乳の場面では色彩をあらわす語彙やその組み合せで個体に呼びかけ、また人びとのあいだでの会話においても個体はそれらの語彙によって特定、指示されるし、個々人が作詩作曲して歌う牧歌にも色彩語彙が多用される。ひとつの家族が数百頭にもおよぶ家畜を飼養する牧畜民社会においてその1頭1頭が識別され、記憶されていることはこれまでにたびたび指摘されてきたが、家畜の側における具体的な差異やその差異を人びとが認識する仕方についてはほとんどわかっていない。そこで本研究では色彩に焦点をしぼり、(1)家畜の外貌を特色づけている体色構成や(2)人びとが共有する色彩を認識する仕方を明らかにするとともに、(3)家畜の色彩をめぐって人びとがどのような視覚的なイメージを獲得し、それを意味づけているかを考察する。

(3)  ウガンダ共和国北東部モロト周辺地域において2005年1月5日から3月23日まで現地調査をおこなった。「研究目的」欄で設定した3つの課題に即して、調査内容とともに明らかにしたことを以下に順次のべる。

  1. ウシ、ヤギ、ヒツジについて数百頭ずつ写真撮影をし、聞きこみを行なった。この調査をとおして、体色構成が単色からなる個体は少数であり、複数の色彩をもつ個体が家畜群の大半を占めていること、つまり複数の色彩が分布する仕方(すなわち模様)によって個体間に差異がもたらされているとの予察をえた。この点について、精度上の制約を考慮しながら、撮影した写真を用いて以下の手順で分析のほりさげを定量的に試みる。
    1. 家畜1頭ずつについて体表面をひとつひとつのドットに分割し、それぞれのドットについて色相、彩度、明度を明らかにするともに、個体間の異同について比較、検証する。これをとおして、家畜の体色構成を把握し、同時に、体色によって個体間にもたらされている多様性の幅を確定する。
    2. 色分けされたドットの分布の仕方を、とくに均質分布であるのかそれとも集中分布あるいはランダム分布なのかに注目して検討する。これをとおして、色彩が均質に重なり合う個体(単色的な個体)とそうでない個体(模様のある個体)の実際が把握されるとともに、aの結果と統合することによって体色の多様性が発現する具体的な仕方をおさえる。
  2. 1人ずつ100枚の色彩カードについて質問し色彩語彙についての回答をうる調査をおこない、色彩を指示する基本語彙とそれによって指示される色彩の範囲が明らかになった。また被験者が単色のカードのなかに縞模様や斑模様をみいだしてしまうという「錯視」の現象が観察された。
  3. 牧歌の調査をつうじて、放牧の経験者のすべてが自作の持ち歌を有していることがわかった。録音と歌詞の転記、翻訳をおこなった結果、色彩語彙の出現頻度が高く、色彩をつうじて家畜から「その他のモノ」へ移行するという歌詞展開のパターンが確認された。さらに、物体間の距離の自在な縮尺変化や地と図の反転現象、暗順応や明順応を介した「錯視」によっておこる視覚イメージの変化が積極的に歌われるなど、色彩・視覚の転位によって生じる「見え」が詩のモチーフを構成していることがわかった。

 
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