フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2004年7月22日〜2005年3月1日, 派遣国: マレーシア
(1) 周縁から問うマレーシアの開発政策:マレー漁村の光と影
河野元子 (東南アジア地域研究専攻)
キーワード: 新経済政策、民族内問題、イスラーム、選挙と政党対立、マレー漁民社会

マレー人居住区から経済発展の象徴ツインタワーを望む(2004.8 首都クアラルンプール カンポン・バルー)


トレンガヌの風にたなびく与野党の選挙旗(2004.3 トレンガヌ州スブランタッキール村)


船着場裏でイリコを選別するトレンガヌ・マレーの女たち(2003.6 トレンガヌ州スブランタッキール村)
(2) 複合民族国家マレーシアの国家と社会の関係を、国家の中心からではなく周縁地域から明らかにすることが博士論文の狙いである。具体的には、マレー人の多い低開発地域のひとつ半島東海岸トレンガヌ州、とりわけ伝統的産業である漁業を営むマレー人漁村を足場に、1970年代からの開発政策の進行、それにともなう社会の対応を選挙の展開とイスラーム与野党対立の動向に位置づけながら、トレンガヌ社会の再編過程とその特質を歴史的に描こうとするものである。その結果、連邦政府から地方政府、村へと浸透していく開発政策実行のメカニズムを有機的・総合的に分析でき、マレーシアの「開発」の実像、一方で国家(指導者)の社会を再編する能力について明らかにできよう。ひいてはマレーシアの国家形成・発展過程の理解に新たな視座を提示することを目指す。

(3)  2004年7月から2005年3月にかけて、トレンガヌ州の漁村および州都クアラトレンガヌ、首都クラルンプールで継続的フィールドワーク、文献調査を行った。その結果、以下の4点が明らかになってきた。

  1. マレー人優遇策といわれるNEP(新経済政策)は低開発地域トレンガヌ(調査地)でも急速なインフラの整備、教育の浸透、産業発展を実現した。マレー人の地位・生活は向上し、いわゆる「中間層」が創出された。NEPは政治的課題である民族間(特にマレー人対華人)の緊張を緩和したが、一方でマレー人内部の地域差や階級差といった格差を顕在化させた。
  2. マレー住民の割合が高いトレンガヌはじめ低開発地域の西マレーシア(マレー半島)北部四州では、イスラーム復興運動の影響をうけイスラーム化が進んだ。開発の恩恵に十分には与れなかった人々が、1つには不均等な都市化や近代化に対して反発を抱き、もう1つには自らのアイデンティティーをイスラーム化に求めようとすることが、その背景をなしていることが分かってきた。
  3. 1、2の推移は、イスラーム与党UMNOとイスラーム野党PASの対立に端的に現れる。独立後、マレーシアでは比較的安定した政治が続いているが、北部四州ではイスラーム野党の勢力が強く、1999年にはトレンガヌ州で野党政権が生まれる。この背景には、開発政策の矛盾、「民主化」(アンワル事件など)に対応する社会の姿勢があった。
  4. しかし、開発政策によっても「共同体」は解体されることはなかった。マレー漁民社会は、開発政治の展開、市場経済の浸透、与野党の動向と折り合いをつけながら、モンスーンの影響による域内移動・漁閑期出稼ぎなどの域外移動・また流通業者および外国人労働者の越境状況など海辺という生態環境、一方、時代の潮流の中で変容しつつも生き方の基盤となるイスラーム、等により醸成された役割・知恵から成る独自の秩序を堅持しつづけている。

 
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