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2004年7月から2005年3月にかけて、トレンガヌ州の漁村および州都クアラトレンガヌ、首都クラルンプールで継続的フィールドワーク、文献調査を行った。その結果、以下の4点が明らかになってきた。
- マレー人優遇策といわれるNEP(新経済政策)は低開発地域トレンガヌ(調査地)でも急速なインフラの整備、教育の浸透、産業発展を実現した。マレー人の地位・生活は向上し、いわゆる「中間層」が創出された。NEPは政治的課題である民族間(特にマレー人対華人)の緊張を緩和したが、一方でマレー人内部の地域差や階級差といった格差を顕在化させた。
- マレー住民の割合が高いトレンガヌはじめ低開発地域の西マレーシア(マレー半島)北部四州では、イスラーム復興運動の影響をうけイスラーム化が進んだ。開発の恩恵に十分には与れなかった人々が、1つには不均等な都市化や近代化に対して反発を抱き、もう1つには自らのアイデンティティーをイスラーム化に求めようとすることが、その背景をなしていることが分かってきた。
- 1、2の推移は、イスラーム与党UMNOとイスラーム野党PASの対立に端的に現れる。独立後、マレーシアでは比較的安定した政治が続いているが、北部四州ではイスラーム野党の勢力が強く、1999年にはトレンガヌ州で野党政権が生まれる。この背景には、開発政策の矛盾、「民主化」(アンワル事件など)に対応する社会の姿勢があった。
- しかし、開発政策によっても「共同体」は解体されることはなかった。マレー漁民社会は、開発政治の展開、市場経済の浸透、与野党の動向と折り合いをつけながら、モンスーンの影響による域内移動・漁閑期出稼ぎなどの域外移動・また流通業者および外国人労働者の越境状況など海辺という生態環境、一方、時代の潮流の中で変容しつつも生き方の基盤となるイスラーム、等により醸成された役割・知恵から成る独自の秩序を堅持しつづけている。