フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2004年11月5日〜2005年10月30日, 派遣国: エチオピア、ウガンダ
(1) 東アフリカ大湖地方におけるバナナの品種多様性に関する人類学的研究
佐藤靖明 (アフリカ地域研究専攻)
キーワード: 東アフリカ大湖地方,バナナ,根栽作物,品種多様性,民俗知識


蒸し上がったマトケ(バナナ料理)を包みから取り出す女性

バナナの苗を運搬している男性
(2) 東アフリカのビクトリア湖を囲む高地は、バナナを基盤とする農耕文化が高度に発達してきたことで知られている。今でもバナナ栽培に強いアイデンティティをもつ人びとが暮らしており、バナナとの間に相互依存的とも言える緊密な関係をつくりだしている。その中において、ひときわ特異な現象として注目されるのが、品種の多様性である。この地域では、主食用または酒造用に特有の系統のバナナが栽培されており、品種数は一説によると方名で数百とも言われている。それらの形態的および遺伝的な変異の内実は近年明らかにされつつあるが、しかし、品種に対する人びとの認識や行動に関する研究はほとんどおこなわれてこなかった。
  世界各地における作物の多様な在来品種に関する研究は、いくつかの興味深い点を明らかにしてきた。ひとつは、品種の多様性は人と植物の相互関係の上に成り立っており、人間の何らかの関与なしには実現できなかったということである。つまり、品種多様性を解析するためには、植物学や農学だけではなく人類学的なアプローチが有効である。もうひとつは、イモ類など種子以外の部位が食用とされ栄養体繁殖をする根栽作物の品種数が特に多いことである。バナナは根栽作物のひとつと考えられるものの、品種の多様性がどのように実現されているのかは依然として不明な部分が多い。
  本研究は、バナナに関する民俗知識や人びとの活動を抽出して分析し、他の地域における根栽作物の事例と比較をする。このことによって、バナナの品種多様性が創出され維持されるメカニズムを明らかにすることを目的とする。

(3)  現地調査はウガンダ共和国ラカイ県北東部のカンプング村において、2004年11月5日から2005年10月30日の間に実施した。この地域はかつてのブガンダ王国の領土であり、主にガンダの人びとが、バナナとイモ類のキャッサバとサツマイモなどを主食にして暮らしている。
  調査にあたって、特に考慮したことが二つある。ひとつは、調査単位についてである。この地域はアフリカの中でも土地保有の個別化が比較的早くから進んでいる。また先行研究では、品種多様性は村レベルではなく、畑ごとに維持されている、という予察がなされている(Devies 1994)。そこで本調査では、各畑の経営主体であるそれぞれの世帯に焦点をあてた。
  もうひとつは、バナナに対する人びとの認識や行動を調べるときに、「品種」という単位は妥当か、という点である。バナナのように個体のサイズが大きくなると、人びとは樹木と同様に個体単位でバナナを認識している可能性があり、そのことがバナナに対する人びとの関与方法に影響を及ぼしているかもしれない。このため、個体単位での認識の有無を検証しなければならない。
  これらを考慮しつつおこなった調査の内容と結果、今後の展開を以下に述べる。

  1. 各世帯を対象に、現在の栽培品種と、各品種をはじめて持ち込んだ経緯に関する聞き取りをした。この調査をとおして、村内に分布している品種には、大多数の世帯が持つものからごく少数の世帯しか持っていないものまでの漸移的な広がりがあることが分かった。そして、新たな品種を自分の世帯に導入した経緯については、次の二つの回答が多かった。ひとつは、男性が土地を相続または購入して畑を開いたときに、両親からバナナの苗を譲り受けた場合である。もうひとつは、友人を訪問したとき、畑に大きな果房が成っているのを見て、はじめてその品種が存在することを知り苗を譲り受けた場合である。すなわちバナナの品種多様性は、苗の相続や、知らない品種と出会う機会の存在、そして苗を授受するような親しい社会関係の構築をとおして維持されている。
  2. バナナは栄養体繁殖をするため、品種名や形態は世代が更新しても同じはずである。しかし、各世帯への聞き取りをおこなっていくうちに、人びとがその例外についての知識ももっていることが明らかになった。多くの回答によれば、名前が変化する品種はごく限られており、その変化は非可逆的である。しかしながら、ある部位の形態が変化しても品種名はそのままだったり、すでに知られている類似の品種名を当てはめたりするほか、「名前なし」とする回答もみられた。そして、まったく新しい品種名をつけたという回答はほとんどなかった。例えば近隣の村で、既存の品種の株から非常に珍しい形態の個体(花が複数)が出現し、周りの人びとから注目され、その部位が呪術に用いる薬の材料にされたことがあったという。しかし、その個体に品種名がつけられるには至らなかったらしい。今後はこれらの結果をもとに、バナナの変異に対する人びとの認知のしかたの特徴や、新たな品種名が命名され定着するための条件に関する考察を深めていく。
  3. 35年以上使われ続けているバナナ畑において、各バナナ個体の位置を地図上にプロットしたうえで、それらの個体の品種名や思い出などを世帯主からひとつずつ聞き取った。その過程で、各個体の品種名、植えた年と当時の位置、現在の位置など、個体の履歴に関する情報がかなりの程度記憶されていることが分かった。こうした情報は、バナナ畑内の特定の位置を他者に指示する際にも用いられる。また、ある出来事を忘れないために「記念樹」のようにバナナを植えつけることも、村では広くおこなわれている。このように、バナナ畑という空間においては、品種別だけではなく、個体別にも記憶が蓄積されていることが見出された。今後はこの知見を品種多様性との関連において分析していく必要がある。
バナナの葉を畑に敷く女性:土壌を肥沃にするとともに、
地面が乾燥するのを防ぐためにおこなっている。

バナナの果実:品種間の差異を識別するために、人びとはまず果実を見る。
この例では、全房内の密集度合い、先端の丸み、長さが識別のポイントとなる。

Devies, G. 1994. Banana Persisting: Food and Fibre Crops in an Ugandan Village in 1937 and 1994. Waterloo: INIBAP.

 
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