フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2005年3月19日〜2005年3月31日, 派遣国: ベトナム
(1) 砒素汚染のないバングラデシュ−水環境の修復に向けた水利用と生活スタイルの提案−
高橋麻子 (東南アジア地域研究専攻)
キーワード: 砒素汚染,地下水,水利用,農業,デルタ


写真1: 家庭用の浅井戸。飲料、トイレ排水、洗濯、家畜小屋の清掃などに使用している。(ハノイ市近郊)

写真2: 深井戸を原水とした浄水場。エアレーションで鉄を酸化させ、次の砂槽でろ過する。(紅河流域ハノイ市周辺)
(2) 1990年代以降バングラデシュでは飲料水である地下水の砒素汚染が深刻な環境問題となっている。国土の半分が汚染地域で、約3000万人が健康被害の危険に晒されている。砒素汚染のメカニズムは未だ解明されていないが、背景には1970年代に始まった「緑の革命」による農業形態の変化とチューブウェル推進運動による飲料水の地下水への転換がある。現在まで政府や国際機関が砒素対策の試行錯誤をしているが、技術的、社会的な問題が多く恒久的な解決策を得られていない。
  本研究では、砒素のない安全な飲料水を確保し維持するための具体的な提案を目指して、バングラデシュで定着しやすい飲料水供給の条件を生態環境と村落組織による水利用など社会要因から考察する。また、近年はアジアのヒマラヤの源流大河川下流域に同様の被害が広がっている。被害状況、誘発要因、生態条件、対策方針などを他地域の事例と比較することで、地域固有の問題点と砒素汚染問題の普遍性を明らかにし、アジアの環境問題としての位置づけを目指す。

(3) 

  1. 砒素汚染被害が深刻な問題となっているバングラデシュの研究と比較するために、まだ潜在化しているベトナムを調査地域に選んだ。
  2. 文献・資料収集や関係機関からの情報収集をおこないベトナム全土の砒素汚染の現状をとりまとめた。その結果、砒素濃度0.05mg/l(ベトナム、WHO飲料水基準値の5倍)以上のチューブウェルが1%以上発見された汚染地域が、紅河下流域で7県、メコンデルタ下流域で2県あり、紅河流域ハノイ市南部には9割がベトナムの飲用基準値(0.01mg/l)を超える県があった。
  3. 紅河流域ハノイ市周辺の3村で水質検査と水利用の聞き取り調査をおこなった。砒素濃度は0.01mg/l前後だが、硝酸態窒素やマンガンなどが高濃度を示し、水質は表層に近いほど悪化する傾向にあった。近年の都市部人口の増加から野菜需要が急増し、近年畑地栽培が盛んになったことが背景にある。畑地で施肥される年間リン酸肥料量は日本の約10倍で、表流水汚染の影響を強く受けていると考えられる。また、リン酸塩は地下水中で砒素溶出を促進する特性を持ち、農地利用と砒素汚染の関連性が示唆される。
  4. 紅河はその名の通り、鉄濃度が高く河の色は赤みを帯びている。1980年代にチューブウェルが普及する以前から、紅河流域の農村部では鉄を除去するため川の水を砂のフィルターで濾過して飲む技術が使われており、現在も村人はチューブウェルの水を濾過して飲用している。水中の砒素は酸化すると鉄と共沈するので、濾過処理後には9割の砒素が除去できる。一方で、メコン流域ではフィルターの利用は少なく地下水を直に飲用することが多いことから、砒素の曝露リスクは紅河流域より高いと見られる。メコン川の水は濁度は高いがそれ以外の水質は比較的良好であるため、古くから川の水を直接飲用する習慣があった。生態環境と文化的背景の違いが、曝露リスク、対策方針の違いをもたらした例といえる。
   ※調査地: ベトナム、紅河流域ハノイ市周辺、メコン河流域ホーチミン市

 
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