(1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2005年8月10日〜2006年6月7日, 派遣国: ブルキナファソ
(1) サヘル地域における農牧民の生計維持機構 ―ブルキナファソ北部I村の事例から―
石本雄大 (アフリカ地域研究専攻)
キーワード: ケル・タマシェク,サヘル地域,消費システム,食料分配,生計単位


調理作業を手伝う女性たち
(2) サヘル地域はサハラ砂漠南縁部と接し、東西に帯状に広がる。年間降水量は150−500mm程度と極めて少なく、降雨は非常に不安定で、降水量・降雨パターンは年ごとに大きく変動する。このような気候条件下にあるサヘル地域では、最も耐乾性が高い作物であるトウジンビエを栽培する上で必要な年間降水量300mmを下回ることも稀ではない。
   本研究の目的は、サヘル地域に暮らす人々が、こうした農耕には極めて厳しい気候条件をいかに克服し、生計を維持しているのかを解明することにある。具体的には、ブルキナファソ北部の農牧民ケル・タマシェクのI村を事例として、現地調査をすすめている。
   I村では、農耕と家畜飼養のほかに採集活動が行われる一方で、現金獲得のために村外に出かける出稼ぎ労働も行われている。これらの活動は、核家族から拡大家族までと、様々な規模の居住集団を単位として行われ、また、消費もその居住集団を単位として行われている。本報告では、生産と消費の単位となるこの居住集団を生計単位と呼ぶことにする。

(3)  現地調査は2005年8月10日から2006年6月7日までの期間、ブルキナファソ北部のウダラン県I村で行った。今回の調査目的は、生計単位における消費システムを解明することである。
  生計単位は、耕地およびその収穫物を所有するいくつかの下位単位(以下、所有単位とする)から構成される。規模の小さい生計単位は所有単位と一致するが、生計単位の規模が大きくなると1つの生計単位は複数の所有単位を含む。この場合、それに属する所有単位はそれぞれどのように収穫物を消費するのであろうか。今回は大きい生計単位の消費様式を明らかにするために、6つの所有単位(A1、A2、B1、B2、C1、C2)を含む1つの生計単位(この成員の血縁関係を第1図に、家屋配置を第2図に示す)について、食物消費量の計測、食事の分配量の計測、食事の調理者と摂食者との関係性の調査を行った。その結果明らかになった事項を収穫期から時系列順に列挙する。また、2005年の収穫以前から翌年4月27日までA2夫婦は激しくいがみあい、夫が妻に食材を全く提供しなかったため、妻はA2の耕地からの収穫物を調理することが出来なかった。この非常に特殊な状況により消費のパターンも影響を受けた。

[期間 1]
収穫期には、各所有単位の成員がそれぞれの耕地にて収穫作業を行い、その収穫物を調理し、消費した。ただし、A2は夫のみが収穫を行い、妻はA1の収穫と調理を手伝っていた。A2夫婦の食事はいずれもA1から分配された。A2夫婦間のいさかいがなかった前年の収穫期には、二人とも彼らの耕地で収穫を行い、その収穫物を消費していた。この期間は、2005年9月後半から11月5日前後までであった。

[期間 2]
収穫後にも調理は所有単位ごとに行われたが、消費においては男性による共食と女性による所有単位間での食事のやり取りがみられるようになった。そのやり取りの仕方は所有単位によって以下のような違いが見られた。この期間は2005年11月5日前後から開始された。

  1. A1の収穫物を用い、A1とA2は合同で調理し、A1の家屋付近で共食した。A2男性は稀にA1女性やB1女性に収穫物を提供した。2006年4月27日にA2夫婦が和解すると、A1とA2は交代で材料および調理者を提供し、A1の家屋付近で共食した。
  2. B1とB2は個別に調理を行い、それぞれが食事のごく一部を A1とA2に分配した。期間3まではほかの所有単位から食事を分配されず、各々の調理したもののみを所有単位ごとに消費した。
  3. C1とC2は基本的にAの食事と食事の間に合同で調理を行い、食事の大半を A1とA2 に分配した。C1とC2は共食し、期間3までAとBからは分配されなかった。

[期間 3]
収穫物が払底した所有単位は、収穫物を残す所有単位に依存した。C2は2005年11月12日に、C1は同月20日に、B2は同月19日に、B1は2006年1月25日に収穫物が尽きた。C2の収穫物が底をついた場合C1に、C1の場合はC2とともにAに、B2の場合B1に、B1の場合はB2とともにAに依存した。A2女性は夫との和解以降はA1と交代で調理を行ったが、収穫期から和解まではA1に依存していた。また、2002-2003年、2004-2005年にはA2の収穫物が底をついて以降、A2はA1から食事を分配された。すなわち、自らの食料の利用が不可能な場合にA2はA1に依存すると考えられ、調査年(2005-2006年)にもA2は収穫物が尽きた場合にはA1に依存すると推察された。依存することになった所有単位の成員は、女性は調理、男性は前年の作物残渣の除去といった耕地整備や家屋や穀倉の修理などのA1の手伝いを率先して行った。女性は材料を拠出した所有単位の家屋近くで、男性はA1の家屋付近で共食した。ただし、B1、B2は調理を手伝った後に食材をもらいうけ、それを調理し、自らの家屋近くで食事をとることも多かった。

[期間 4]
A1の収穫物が尽きると、つまり生計単位の収穫物を全て消費してしまうと、食料が購入された。食料購入は2006年3月21日以降に行われた。主にA1が食料を購入し、ほかの所有単位の食事をまかなっていた。食事の際には男性と女性は分かれるが、男女ともA1の家屋付近でそれぞれ共食した。

  期間3、期間4のA1が全ての食料をまかなった時期にそのほかの所有単位が臨時に食料を入手した場合、C1およびC2はA1の代わりに全体の食事をまかない、B1は食事のごく一部をA1とA2に分配した。また、こうした食料を入手した所有単位の女性は自分の家屋付近で食事をとった。この臨時の食料獲得は、短期の出稼ぎによる現金収入の獲得や血縁者からの援助によって行われた。
  例年A1は収穫量が最も多く、食料購入のための資金も最も豊富である。そのため食料不足の際には、A1が扶養する側、それ以外の所有単位が養われる側という立場になることがほぼ固定化している。今回の調査では、被扶養側の所有単位は一様ではなく、A1への依存以前にほかの所有単位へ依存するか否か(期間3)、A1に依存する以前にA1にどのように食料を分配するのか(期間2)といった点に関する違いが明らかになった。
   以上をふまえて今後は、2、3、4の各期間における食事のやり取り(すなわち食料分配という行為)、その分量、振る舞いをもとに消費システムに関する考察を深めていく。

 
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