(3) 平成18年1月9日から2月4日に、インドネシアのボゴールで植物分類学研究と東カリマンタンで人類学調査を行った。ここでは、後者の人類学調査について報告する。
プナン・ブナルイは、ボルネオの森林性の狩猟採集民グループのひとつである。1960年代から定住化が始まり、現在では焼畑農業も行うが、自家用および販売用の林産物を狩猟採集するためにいぜん頻繁に森林に入っている。これまでに報告者は、彼らの植物分類や利用を調査して、彼らが森林の植物について生態や利用特性をよく知っていること、またボルネオの農耕民での報告と比較して、儀礼や呪術などに使う植物は少なくより実用に偏った利用についての植物認識をもっていることなどを明らかにしてきた。今回の調査では、彼らの伝統的な信仰を中心に聞き取り調査を行った。以下、村人の語ったところを記す。
「森には悪い精霊もいて、知らずに行き当たってしまうと頭がまっしろになり何がなんだか分からなくなってしまったりする。ただし、プナンは、農耕民ケニャの一部の人たちのようには精霊を見ることはできないし、避ける方法なども特にもたない。ただ悪い状態になってしまってから、精霊に行き当たってしまったんだと知ることになる。また、いくつかの植物種(多くの農耕民で切り倒せないKoompassiaなどの種も含む)や大きい岩などはそういった精霊の住処である。怖いと感じる人はそれらの植物を採ることや近づくことはできないが、恐れない人は平気である。昔からそれらの植物も利用してきた。」
「重い病気や怪我は、ンタルイといって歌によって治療してきたが、これは現在でも時々行われている。歌を歌う人の体にたくさんの良い精霊(農耕民の子どもを助けた精霊も含む)が入ってきて治療が行われる。道具は使わないこともあるし、精霊を呼び込むのを助けるために木の棒にニワトリの羽を取り付けたものを使うこともある。(調査者のきいたかぎりでは、現在プナンはクリスチャンとなっているが、これらの良い精霊を信じることとキリストを信じることは概ね矛盾しないと考えられているようである。ただし、ンタルイとキリストのどちらにより頼ろうとするかには個人差がある。)」
聞き取りでプナンの伝統的な信仰として語られたものの中には、農耕民たちの影響を感じさせる部分もあった(農耕民と共通する精霊がやどる植物、農耕民と関係が深い精霊、ニワトリの羽を使うなど)。しかし、精霊を怖がらなければ精霊が宿る植物も採集できる、悪い精霊を回避するための儀式やおまもりがほとんどないなど、農耕民に比べて悪い精霊を忌避する度合いが弱い印象があった。これは、森が日常生活の場であったことと関係していると思われる。