ラオス・フィールド・ステーション(LFS)活動報告(平成16年度No.4)
−「日本人研究者によるラオス研究成果発表会」の開催− |
増原善之 (21世紀COE研究員) |
活動報告No.3でも述べたように、ラオス・フィールド・ステーション(LFS)では研究活動の計画立案、実施そして成果発表にいたるまで、常に地域の人々と向かい合い、協力し合い、議論し合うという「地域密着型」研究活動を目指している。今回は、研究成果の地元還元の一環として企画された「日本人研究者によるラオス研究成果発表会」について報告したい。
1) 趣旨
近年、多数の日本人研究者がラオスにおいて調査研究活動を行っているが、こうした研究者がラオスの何に関心を持ち、どのような研究をしているかはラオスの人々にほとんど知られていない。現地調査の中には、調査グループが小さな村落に大挙押しかけ、短期間に大量のデータを収集して持ち帰るだけで、ラオスの人たちに対していかなるフィードバックも行わないというケースもあるようである。しかし、我々が今、「研究者」として仕事ができるのも、数多くのラオスの人々に協力してもらい、助けてもらったおかげであるということを忘れてはならない。ラオスにおいて留学、調査研究活動をさせてもらった「恩返し」の意味も込めて、自分たちがこれまで行ってきたことを一般のラオスの人々にも理解してもらえるよう、できるだけ平易な言葉で発表し、広く研究成果の「地元還元」に努めるべきではないだろうか。ラオスの人たちが普段は気にもかけないようなこと(もの)に日本人研究者が特段の関心を持ち、それを出発点として研究活動を行っているということ自体、大きな驚きをもって受け止められるはずである。日本人によるラオス研究がラオスの人たちの「ラオス再発見」に少しでも寄与できるとすれば、これに勝る学術交流はないと言えるのではないだろうか。
LFSではこのような考えに基づき、21世紀COEプログラムのカウンターパートであるラオス国立大学林学部、および同大学ラオス・日本人材開発センター(2001年、日本の政府開発援助によって設立された。通称「ラオス・日本センター」)との共催により、日本人研究者がラオス国立大学の教員や学生らを対象に自らの研究成果をラオス語で発表するという催しを行っている。2004年度に開催した2回の発表会の概要は以下の通りである。
2) 第1回発表会(2004年12月7日)の模様
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1.開会の辞(ラオス・日本センター所長:鈴木信一氏) |
2.虫明悦生氏の発表 |
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3.ラオス国立大学の学生たち |
4.閉幕の辞(ラオス国立大学林学部副学部長カムレック・サイダーラー氏) |
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5.虫明氏によるラオス伝統楽器の演奏 |
第1回目は、京都大学東南アジア研究所研修員の虫明悦生さんに「村落調査における大学の役割とラオスの将来」というテーマで発表していただいた。この中で虫明さんは、国際協力機構(JICA)「ラオス社会経済開発のための経済政策支援」の「村の独自産品調査」に係わった経験をもとに、ラオスの人々が作り出す産品のすばらしさを多数のスライドを交えながら具体的に説明してくださった。
虫明さんをリーダーとする調査チームは、ルアンパバーン、ビエンチャン、サワナケート、アッタプーの4県において300以上の村々を訪れ、現地の産品を詳細に調査したが、その結果明らかになったことは、村々の産品は近隣諸国のそれより多様性に富み、高い品質を有しており、それぞれの民族グループが独自性の高い産品を今なお生産しているということであった。しかし、住民の多くは、自分たちの産品の経済的価値をあまり認識しておらず、村を訪れる外国人(仲買人等)に極めて低い価格で販売している。その一方で、比較的高価格で売り出すことのできた産品については、住民自身が品質管理に対する努力を怠ったために、最終的には売れなくなってしまったケースも多いという。ラオス各地の伝統的産品は、農村部における社会経済開発にとって重要な要素であるが、それらに関する調査データは非常に限られている。分野を超えた学際的な手法によって村々の産品をこれまで以上に詳細かつ幅広く調査することが求められており、その意味でラオス国立大学は大きな役割を担っているとの指摘がなされた。
なお、本発表会にはラオス国立大学林学部、農学部、社会科学部などから80名余の教員および学生が参加し、虫明さんの発表に熱心に耳を傾けていた。質疑応答の後、虫明さんによるラオスの伝統楽器ケーン(笙:しょう)の演奏があり、驚きと賞賛に満ちた拍手とともに第1回発表会は幕を閉じたのである。
3) 第2回発表会(2005年2月18日)の模様
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1.安井清子氏の発表 |
2.発表に聞き入る出席者 |
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3.刺繍絵本「虎とかえる」の表紙 [撮影:安井清子] |
4.コメンテーターのソムトーン・ローブリアヤーオ氏(左) |
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5.質疑応答 |
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第2回目は、東京外国語大学非常勤講師の安井清子さんに「モンに伝わる口承文化と手仕事」と題して発表していただいた。安井さんは、1985年、タイ国ルーイ県にあったラオス難民キャンプで子ども図書館活動を担当するNGOのスタッフとして働き始めた。モン族の子どもたちが絵本に親しむことを通して心の世界をより豊かにして欲しいと願い、日本の昔話や外国の童話を子どもたちに読み聞かせることに没頭する毎日だった。文字を持たないモン族には子どもたちが楽しめるような昔話などないと思いこんでいたからである。ところが、難民キャンプ内に泊まったある日の夜、お年寄りがモン族の昔話を子どもたちに語って聞かせている光景を目の当たりにする。普段は落ち着きのないやんちゃな子どもたちがお年寄りの話にじっと聞き入っていたのである。そのとき、安井さんはモン族の人々がさまざまな昔話を大切に語り継いできたこと、そこには豊かな心の世界が広がっていることを初めて知ったのである。しかし、先祖の記憶、民族の知恵が込められた「口承文化」も現在ではその語り手が少なくなり、消失の危機にあるという。安井さんは1997年より、モン族出身でラオス文化研究所のソムトーン・ローブリアヤーオさんと共同してフアパン県やシェンクアン県などの村々を回り、民話の収集・記録活動を続けている。モン族の中にも自分たちの民話の大切さを見直し、子や孫の世代に語り伝えていこうとしている人々が少なくないという。安井さんはこのような人々が作った「刺繍絵本」を使って、モンの昔話「虎とかえる」の読み聞かせを実演してくださった。
安井さんの発表の後、共同研究者のソムトーンさんにも登壇していただき、質疑応答が始まった。安井さんの親しみやすい語り口、昔話という身近な話題だったこともあり、教員のみならず、学生が積極的に発言、質問してくれたのが印象的であった。質疑応答が予定を大幅に越え40分以上続いたことも出席者の関心の高さを物語っていた。
LFSでは、今後も年3回程度、同様の発表会を開催し、日本人研究者とラオス国立大学の教員・学生との間の学術交流をより一層深めて行きたいと考えている。
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