フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2002年12月15日〜2003年2月28日, 派遣国: ケニア
(1) 東アフリカの牧畜民サンブルの身体装飾と年齢体系の変容に関する人類学的研究
中村香子  (アフリカ地域研究専攻)
キーワード: モラン(戦士),ビーズ装飾,社会変容,市場経済,アイデンティティ


写真1. サンブルのモラン
(戦士)

写真2. モンバサの海岸で観光客に装身具を販売するモラン
(2) 本研究は、東アフリカ・ケニア共和国の牧畜民サンブルを対象に、この社会の主要な統合原理のひとつである年齢体系の動態・変遷を身体装飾の変化を材料としながら実証的に解明することを目的とする。
  サンブルの年齢体系では、男性は結婚と割礼によって「少年(生後〜割礼)」「モラン(戦士)(割礼〜結婚)」「長老(結婚〜)」という三つの階梯に分けられるが、本研究ではとくに「モラン(戦士)」という独特の存在に注目する。サンブルにおいて装身具は個人の社会的な地位や儀礼的な状況を表示し、その授受は社会関係を構築する役割を果たしてきた。なかでもモランは、ビーズを多用した装身具で身を飾っているが、近年、その装身具の種類は急増し、「装飾性」を増している。
  装身具にみられるこうした変化を、学校教育・出稼ぎ・観光産業・市場経済といった現代的な状況との関連において考察するとともに、急速に変化する社会環境下でのモランの経験が年齢体系をどのように変化させていくのかを総合的に分析する。

(3) モランは、故郷であるサンブルから800qも離れた海岸の観光地モンバサへ出稼ぎに行き、観光客に「伝統的」なダンスを披露したり、ビーズの装身具を販売する仕事をしている。今回の調査は、この出稼ぎ経験の実態を把握すること、および観光地におけるモランの装身具と故郷のそれとの比較調査を行うことを目的とした。装身具に関するデータは、これまでにサンブルでおこなった計20ヵ月の現地調査と今回モンバサ地域でおこなった現地調査によって収集した。調査期間は2002年12月15日〜2003年2月28日であった。まずサンブルで補足的な調査と事前準備を実施し、その後にモンバサへ出稼ぎに行くモランに同行して調査をおこなった。今回の研究成果を以下に示す。

  1. 観光地における出稼ぎの全体像の把握: サンブルの人びとの観光に関わる出稼ぎの歴史(1960年代後半より現在まで)、仕事内容とそれに従事する人数(夜警、伝統ダンスのショー、ビーズの装身具販売など)、リゾートホテルなどとの契約形式(契約単位、支払い、「ソサイエティ」とよばれる互助的なグループ)、収入などを調査し、全体像を把握した。
  2. 装身具の変容の解明: 観光地でのモランの身体装飾(31人、687個の装身具)について、入手時期・入手方法(贈与された/購入した、作成者、購入場所など)・デザイン・色・材料・大きさに関する資料を収集し、それをすでに故郷で実施した同様の調査で得たデータと比較した。観光地ではモランの装身具の歴史は浅く、観光の文脈で装身具は「個別性(singularity)」が希薄化し、「消費物化」「商品化」(commoditization)の過程にある。また、故郷とは色やパターンが異なる新しいデザインの装身具が身につけられていることが明らかになった。
  外国人観光客をはじめとする他者との相互作用や「装身具を販売する」というモランの観光地での経験が、装身具のもつ意味をどのように変化させているのか、上記1,2の結果と語りの分析をとおして、モランの観光地での経験が故郷の社会(特に年齢体系)や文化の変容、また民族や個人の社会的なアイデンティティとどのように関わっているのかについて、今後、考察を深めていく予定である。

 
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