渡航期間: 2003年1月14日〜3月31日, 派遣国: ケニア |
(1) ケニアにおける女性商人の商慣行と市場経済の接合に関する研究 |
坂井紀公子 (アフリカ地域研究専攻) |
キーワード: 農産物販売,営業規制,地方政府,ボランタリー・アソシエーション,マチャコス |
小売マーケットの商人たち |
講の会合が終わった後にジャガイモ卸売商人たちで記念撮影 |
(2) ケニアの多くの地域において、マーケットで農産物を売買しているのは主として女性であり、マーケットは商業活動だけではなく社会的な交渉が盛んに行われる空間である。1980年代に始まった構造調整以降、マーケットでは、行政機関が流通の効率化を標榜して営業規制を始め、さらに国際援助機関が零細事業者を対象にマイクロファイナンス(MFと略す)を導入し、そして近年になると、広域にわたり農産物の生産・輸送・販売を一貫して行う大資本が進出してきた。こうした変化により、ローカルなマーケットが急速かつ直接にグローバル経済へ連結し始めている。
本研究の目的は、女性商人たちがローカルな文脈と価値観に基づいて行う経済的・社会的実践によって、「市場経済」がマーケットでどのように具現化されてゆくのかを明らかにすることである。調査地のマーケットが位置するマチャコス県は首都ナイロビに隣接し、この地域には農耕を主な生業とするカンバ(Akamba)人が居住する。県内各地から集まる多くの女性商人は、農産物を首都ナイロビで仕入れてマチャコス市のマーケットで販売し、そこで得た利益を農地の購入や耕作のために投入している。
1990年代に入ると、マチャコス市当局はマーケットを整備し、新しい業務規定を次々に導入していった。商人たちはその過程で現実にそぐわない規定に対して抵抗と無視で臨み、さらに市当局との間で交渉・調停・調整を行い規定の内容を変更させた。すなわち商人たちは、顧客・商品・販売場所といった諸条件に裏打ちされたローカルな経済的正当性を主張し、一般的な流通の効率化を目的とした規定を受け入れはしなかった。本研究では、こうした事例の分析を通して、ローカルな空間では双方向的な力関係が成立しうることを示し、権力の二面性、すなわち権力に及ぼされている者も、一方的に権力を行使されているわけではない、下からの権力の存在を明らかにする。
(3) 今回の調査では、2003年1月14日〜3月31日の期間、ナイロビにおいて資料の収集と整理を行うとともに、マチャコス市で以下の事項について現地調査を実施した。調査の目的は、マーケットにおける商人たちの資金運営の実態、特にMFとローカルファイナンス(LFと略す)の利用状況を明らかにすることである。
- まず、3つの代表的なMF組織のマチャコス支部を訪問し、運営方針と経営の実態を調査した。この3つの組織はそれぞれ、最も歴史のある組織、最も有名な組織、そして近年に設立されたばかりの組織という特徴をもつ。その結果、1990年代初頭に援助志向のプロジェクトとして導入されたMFが、その後に運営方針を転換し、現在はケニアの金融システムの一部として機能していることを確認した。また、近年にはMF組織の数が増加している。こうした変化は、MF業界における世界的な潮流を反映していると同時に、1995年以降から政府が銀行法・MF機関法を順次改正したため促進されたと考えられる。現在、各組織は、顧客の獲得にむけて激しい競争を展開している。
- つぎに、資金運営に関するアンケート調査をマーケット内の約1300人の商人に対して実施した。その結果、起業資金と操業資金のうち、MFを利用したことのある商人は全体の1割程度にすぎず、6割(残り3割は自己資金のみ)の商人は、複雑で多様な運営方法をもつボランタリー・アソシエーションを利用して資金を調達していたことが明らかになった。こうしたアソシエーションのなかには、商業用の資金を捻出する目的に特化した多くの貯蓄・融資グループ(LF)が存在していた。こうしたLFはいずれも1990年代後半以降に盛んに結成されており、その運営方法は絶えず変化し続けている。
今後は、こうしたLFの発展状況とMFの利用状況についてさらに分析を進め、女性商人たちが各方法をどのように選択・利用しながら資金運営を実践しているのか、その過程には国の農村開発政策と国際援助機関による社会開発プロジェクトなどがどのように関わっているのかに関する考察を深めたい。
|