フィールドワーク報告
  (1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
<< 平成14年度 フィールドワーク報告へ戻る
渡航期間: 2002年11月21日〜2003年2月28日, 派遣国: ケニア
(1) 東アフリカの牧畜社会における持続可能な牧畜モデルの構築に関する社会生態学的研究
孫暁剛  (アフリカ地域研究専攻)
キーワード: 生業の持続可能性,ウシ遊牧,遊牧生態,社会関係

「水がない」とされてきたレンディーレ・ランドに井戸が掘られるようになり、ウシも飼われるようになった。遊牧民社会は目にみえるかたちで急速に変化している。

(2) 本研究の目的は,東アフリカの乾燥地域における遊牧という生業経済が構築されていく動態を明らかにし,その持続性について考察することである。フィールドワークは,東アフリカの最も乾燥した地域であるケニア共和国北部の半砂漠に暮らす遊牧民レンディーレを対象に,1999年からおこなっている。
  これまで,レンディーレが経済的・社会的にもっとも重要視しているラクダに焦点をあて,ラクダ遊牧の実態およびそれを支える社会組織や制度について調査してきた。ラクダは変動が激しい乾燥地の自然環境に最も適し,安定的に畜産物(ミルクと血)を提供できる家畜としてレンディーレの生業経済を支えてきたが,増殖率や市場での需要度が低いため,近年に急増する人口や現金経済の浸透には対応できない。
  現在,レンディーレはラクダや小家畜(ヤギとヒツジ)と比べて市場での価値が高いウシを増やそうとしている。年間降水量が200mm以下で,水場が少ないレンディーレ・ランドの低地平原は,ウシ放牧に適していないとされてきた。1970 年代の調査では,レンディーレがわずかなウシを周辺の山岳地帯で飼養していると報告されている。しかし現在,低地平原でもウシが放牧され,その個体数は増えつつであるようにみえる。

(3) 今回の調査は,2002年11月21日〜2003年2月28日の期間、ナイロビで資料の収集と整理をするとともに、マルサビット県において現地調査を実施し、レンディーレのウシ遊牧の実態を明らかにすることを目的とした。まずウシの遊牧生態について,放牧地と水場の地理的な特徴,放牧キャンプの設置とその移動パターン,ウシの食性と給水パターン,そして個体数と畜群形成などを調べた。次に,ウシの所有関係,放牧キャンプの形成とその構成員の関係,放牧キャンプの食生活,放牧キャンプと定住集落の関係など、ウシ遊牧に関わる社会組織や諸関係を調査した。さらに,ウシの売却や現金の使い方,レンディーレがウシをどのように評価しているのかに関する聞き取り調査を実施した。
  その結果,レンディーレ・ランドにおけるウシ遊牧は,ラクダ遊牧と比べると生態的にも,労働力や食糧の調達の点からみても困難な生産活動であること,それにもかかわらず、現金収入源が少ないレンディーレにとって,ウシを増やすことは急増する人口や現金経済への需要に対応するためにもっとも容易で効果的な方法であることが明らかになった。さらにウシ遊牧を可能にした大きな要因は,近年に盛んにおこなわれている井戸掘りによってウシ遊牧の障害であった水場の問題が緩和されたからであることがわかった。また,ウシ遊牧にかかわる社会関係を分析した結果,ラクダ遊牧のような「集団主義的な」生産活動と,小家畜のような完全な「Family Enterprise」の中間に位置し,同一リネージ関係を重視した生産活動がその特徴であることが明らかになった。
  レンディーレは「ラクダに生きる人びと」と言われるほど,ラクダに依存して乾燥地での生活を成り立たせてきたが,今日ではみずから水場などの自然状況を改善してウシを増やしている。このように,人口増加や現金経済の浸透といった社会環境の変化に対して,レンディーレは生業としての遊牧から離れるのではなく,むしろこれを強化する形で対応しようとしている。本調査の結果は,「伝統的な牧畜は,国民国家の形成と市場経済という条件のもとでは継続が難しい」という言説や「遊牧民の保守性」を指摘する議論に対する有力な反論となるであろう。

 
21世紀COEプログラム「世界を先導する総合的地域研究拠点の形成」 HOME