報告
人・社会・自然:変わりゆくラオス像と地域研究
生方史数 (日本学術振興会特別研究員)

1.共同研究: ラオスにおける生物資源利用と地域社会
  ラオスは、ベトナム、中国、ミャンマー、タイ、カンボジアの狭間に位置する東南アジア唯一の内陸国である。その周辺性ゆえに、政治的にも社会・文化的にも、古くからこれら諸国の影響を常に受けてきた国であり、それはインドシナ戦争、社会主義化を経て市場経済化路線を歩む激動の現在に至っても続いている。一方で、山深いこの国に残されている豊かな自然には、近年生物資源保全に対して国際的に強い圧力がかけられ、地域住民の生業や生活を大きく変えようとしている。この国の人・社会および自然の現状は、社会主義化以降、長い間国外研究者への門戸を閉ざされ、つい最近まで厚いベールに包まれてきた。しかし近年は、諸外国との経済関係・文化交流も強まっていく中で、開発問題・環境問題といった比較的新しい問題も含めて、共同研究の必要性が高まってきている。フィールドステーション(FS)の共同研究テーマ「ラオスにおける生物資源利用と地域社会」では、大きな変化に直面している生物資源利用と地域社会の関係を、フィールド調査に基づいて研究している。

ある街の風景:戦車の廃墟のそばで、未来を担う子供たちがサッカーに興じている。
  ラオス研究グループは、21世紀COEの申請段階からカウンターパートとの連絡を密に取り、FSの設立準備を進めてきた。2002年5月30日に、京都大学とラオス国立大学との大学間協定が締結され、同年9月27日には林学部とも合意に達した。これを受けて、同年12月13日よりラオスFSとして、正式に活動を開始した。筆者は同日より2003年3月25日まで現地に滞在し、FSの設立準備、研究テーマの掘り起こし、現地で研究中の院生の指導などを行った。ラオス国立大学の林学部研究棟1階に連絡事務所を設け、通信環境などを整備し、現地のカウンターパートと共同研究・教育の支援体制作りに努めてきた。現在FSは、現地に派遣される教官・学生および現地の研究者に対する共同研究・教育の拠点として、活用されている。
ある村の風景:一見静寂そのものの村も、急激な変化の波とは無縁ではない。

  

2. 現地での教育研究活動
2.1. 研究活動の状況
  筆者自身にとっては、ラオスは初めてのフィールドであったため、まずは文献資料による文化・社会・自然の基本的な理解を深めることから始めた。次に、天然資源に関連する政策等の論文・レポートをレビューし、コンテクストの把握に努めた。最後に、南部サヴァンナケート県やヴィエンチャン近郊への短期間のフィールド調査に同行して、対象地のイメージを把握し、研究テーマの発掘に努めた。
  現在FSにおいては、近年急激に変わりゆくラオスの人・社会・自然とその関係性を、地域研究に特有の学際的なアプローチから浮き彫りにするため、ラオスの北部・中部および南部でそれぞれフィールド調査を主体にした研究を行っている。山が多く、焼き畑の盛んな北部では、ルアンナムター県やルアンパバーン県において、森林保全、非木材林産物の利用、市場作物の拡大プロセス、焼畑の調査などが進行中である。中部のヴィエンチャン平原では、変遷著しい近郊農村における手工芸品生産・流通システムの発展過程の調査が計画中である。また、ボーリカムサイ県トゥン川流域の土地利用の変遷に関する調査も計画中である。平原での水稲作と奥地の森林が併存する南部においては、サヴァンナケート県における農地・森林の植生調査、魚類相と漁労に関する調査、伐採二次林における樹木の年輪の調査などが進行中である。

伐採風景:切り株のサンプルを取っているところ。
2.2. 教育活動
  フィールドへの同行調査、現地セミナー、連絡事務所での日常的な議論や電子メールによる意見交換などを通じて、研究テーマの設定や、計画・内容に関する議論を深めることで、大学院生への研究支援を行っている。フィールドでの長期滞在調査は、調査対象と長く関わることができる長所がある一方で、長く孤立した環境に身を置くことになるので、研究の方法・方向性が独りよがりになりやすいという短所を持っている。FSでの教育活動は、この短所を臨地教育によってカバーしようとするものである。これまでに支援を行った大学院生および研究テーマは、以下の通りである。
大学院生・所属 テーマ
小坂康之(ASAFAS: 平成12年度入学) サヴァンナケート県における農業・土地利用システムと二次植生の遷移
黒田洋輔(ASAFAS: 平成13年度第3年次編入学) 野生イネの自生地保全に関する研究
中辻享(京大大学院 文学研究科) ラオス焼畑村における土地利用
広田勲(京大大学院 農学研究科) ラオス北部における農業生態システムの植生回復力
松浦美樹(ASAFAS: 平成14年度入学) ラオス北部における移民による人口変動とその資源利用への影響
Anoulom Vilayphone(ASAFAS: 平成15年度入学) Valuation of non-timber forest products and forest management practices of Kham people
Souksompong Prixar(ASAFAS: 平成13年度入学) Village forest management after the land and forest allocation in Laos
Thatheva Saphangthong(ASAFAS: 平成13年度第3年次編入学) Land use systems in the Northern Laos

  なお、現地セミナーは、以下の通り開催した。今後も教官・院生・現地カウンターパートや外部研究者による発表を随時開催していく予定である。2004年3月には、プロジェクト全体による研究経過報告を現地で行う予定である。

  日程 題目 発表者 備考
第1回 2003/2/17 1) A Study on the Resilience of Vegetation in Agro-ecosystems in Northern Laos. 広田勲
研究計画
2) Community Forestry in Lao PDR. 松浦美樹
第2回 2003/3/3 今後の共同研究に関する検討 竹田晋也(ASAFAS教官)
生方史数
小坂康之
 
第3回 2003/3/12 Mutualism in the Tropical Forest. 加藤真(京大大学院 人間・環境学研究科) 日・ラオス特別講義
第4回 2003/8/5 Village Life at Remote Forest in Northern Laos. 増野高司(総合研究大学院大学 先導科学研究科) 研究計画
第5回 2003/8/11 1) A Study on the Resilience of Vegetation in Agro-Ecosystems in Northern Laos (Research Plan). 広田勲




研究の現状報告
2) Population Migration and Its Impact to the Resource Use to the Host Village in Northern Laos. 松浦美樹
3) Planning for the Year 2003. Saysana Sithirajvongsa(ラオス国立大学)
4) Secondary Succession of Vegetation and Land Use System in Savannakhet Province, Laos (Progress Report). 小坂康之
5) My Research Activities and Tasks in the Fiscal Year 2003. 生方史数

3. 今後の方向性
  ラオスFSは、設立以来、現地における地域研究、臨地教育の拠点として、アジア・アフリカ地域研究研究科のみならず、人間環境研究科、文学研究科、農学研究科の教官・院生の研究拠点として全学的に活用され始めている。今後はラオス国立大学林学部・農学部との共同研究のみならず、必要に応じて、同大学社会科学部などの他学部や、農林省の農林業研究所などと連携することも視野に入れている。さらに、同大学を受け入れ機関とする国内外の研究プロジェクトとの交流も深めることで、共同研究の一層の充実を図ってゆきたいと考えている。


現地セミナーの様子 1

現地セミナーの様子 2

(写真提供: 生方史数、小坂康之)

本報告は、2002年12月13日から2003年3月25日まで、筆者が本プログラムの研究協力者としてラオスFSに滞在した期間の業務に加えて、それ以降の関連業務に公式・非公式に関わった際の報告や、私の赴任以前(FS開設前)に行われていた活動の報告も一部含んでいる。

 
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