1998年にスハルト大統領が退陣したあとのインドネシアでは、民主化要求の
高まりに連動して地方分権の動きが活発化してきている。この動きは、行政面や
政治面だけに限定されず、文化や歴史の語り方においても見られる。
ブトンはインドネシアの東南スラウェシに位置する島で、この島を核に14世
紀中ごろから1960年までスルタン国ブトンが形成されていた。マルクと南スラウェシ
を中心とする東西の強大な勢力の影で翻弄されてきたブトン社会は、これまで「イン
ドネシア史」の舞台にも殆ど登場したことがない。しかし、今日ブトンの人々は、日
常的なコンテクストにおいて盛んに「歴史創造(history making)」を行っている。
それはブトンより「メジャー」な社会の歴史をモデルにし、そこからさまざまなモチーフを借用しながら、メジャーな歴史との接点を主張して、その中に自らの歴史を参加させていくという特徴をもつ。
本発表は、さまざまな意味でブトン社会の中央と周辺に位置し、各々異なる
階層からなる2つの村におけるフィールドワークの成果に基づいている。村レベルの歴史創造の実践を、それぞれの生活空間や生業のサイクルとの関わりとともに紹介し、人々にとって今日「過去について語る」ことがいかなる営みであるかを検討する。さらに、2つの村落社会における歴史創造の比較検討をとおして、かつてのスル
タネイトを踏襲した「ブトン」という枠組みが、双方の社会で想像されつつあること、そしてその中に、旧来の階層関係をはじめとするスルタネイト時代の諸制度が復活す
る萌芽的状況が見られることを示したい。