研究会 「系譜を記すということ−黒タイの家譜を考える」

日時: 2003年5月16日(金) 16:00〜18:00
会場: 京都大学東南アジア研究センター 共同棟3階講義室(307)

話題提供者: 樫永真佐夫 (国立民族学博物館)

発表要旨
  ベトナムの公式民族分類でターイ(Thai)と分類されている集団は、仏教を受容していないにもかかわらず古クメール系の文字を使用し、かつ父系的に継承される姓を持つ点が、東南アジア大陸部のタイ系民族のなかで文化的、社会的に際だった特徴とされる。ターイのなかでも黒タイ(Tai Dam)は、高い言語的、文化的な同質性を有し、かつタイ系諸民族が仏教化する以前の旧習を残存させていると考えられることから、これまで多くの東南アジア研究者の関心を集めてきた。
  この発表では、黒タイの間にみられる系譜関係を記した文書資料を取り上げ、とくに家譜を対象として検討する。黒タイ文書資料の中で、家譜は必ずしも一般的なものではない。興味あることに、黒タイ家譜資料の形態、形式、内容は、タイ系民族の一員としての文化的特質(たとえば、黒タイ文字での記述)を示している一方で、中国的な文化的特質(たとえば、父系祖先の祭祀執行との結びつき)をも示している。ただし、多くの家譜が世代間関係、兄弟間関係、役職などを記していない点で、中国的な家譜とは性格を大きく異にするものである。
  昨年、ハノイ国家大学が家譜編纂プロジェクトを主催し、ベトナム国内の約10の同姓集団についての家譜文書を、校訂・編纂・出版することになった。文字、民族にこだわらず、ベトナム国内の同姓集団の家譜を編纂しようというものである。このプロジェクトの一環として、北ベトナム・マイソンの黒タイ首領家であるカム家の家譜も編纂されることとなった。つまり、黒タイのカム家の家譜は、ベトナムにおける同姓集団家譜のひとつとして位置づけられたといえる。
  報告者は、上記のプロジェクトにおいて、ハノイ大学カム・チョン教授とともに、カム家の家譜編纂を担当した。本発表においては、まずこの校訂、編纂作業の具体的過程を述べる。次に、プロジェクトで編纂対象となった家譜を中心に、その形式、内容、用法などを比較し、黒タイの家譜がどのような政治的、社会的背景から編纂されてきたのかを考察する。そこから、黒タイ社会におい
て、系譜を記すことと、親族や民族のような集団の組織化がどのように関わってきたかを考えたい。
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