【概要】
東アフリカの乾燥地帯に分布する牧畜社会では、ビーズを多用した装身具や原色の布をもちいた色あざやかな身体装飾がおこなわれています。派手な化粧と装身具で全身を飾り立て、槍をもって立つ「戦士」や、あごから肩までをおおい隠すほどのたくさんのビーズの首飾りをつけた女性の姿は、観光パンフレットや絵葉書、アフリカを紹介する写真集などに必ず登場し、「マサイ」に代表される「伝統的なアフリカ」というイメージを創出しています。
東アフリカの牧畜民の身体装飾は、このように人目を惹くものであるにもかかわらず、これに関する研究は少なく、ひとつの民族の身体装飾を網羅する記述は、まったくおこなわれてきませんでした。本書は、著者が1999年〜2003年のあいだにおこなった現地調査をもとにして、ケニアのサンブル社会における身体装飾の全体像を記述したモノグラフです。249人のサンブルの人びとについて、調査時点で各人が身につけていた装飾品のすべてを計測・記述することによって、合計6,323点の装飾品に関する資料を集めました。これをもとにして、本書では、172種類の身体装飾について、現地名とその語源、形態とサイズ、色彩、素材と作製法、入手経路、使用者の性と年齢階梯、それらが付けられる身体部位と装着方法、およびそれらの社会的・儀礼的な意味について写真とイラストをもちいながら記載しています。
本書の記述によって読者は、たとえば、1枚の絵葉書の中の女性が身につけている首飾りや耳飾りが、色あざやかで美しい装飾品であると同時に、その女性が未婚者であるか既婚者であるか、恋人がいるのかどうか、すでに割礼をしているのか、出産や流産の経験があるのか、などといった、さまざまな情報を提示していたということに気づくでしょう。さらによく見ると、首飾りに結び付けられている小さな貝殻や家畜の毛から、彼女が逆子を生んだ経験があることや、彼女が搾乳しているウシが最近あまりミルクを出さない、といったことまでわかったりします。 |