フィールドからのたより

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トマトの違い ―ケニアのマチャコス公設マーケットで野菜小売商から学んだこと―
坂井紀公子(アフリカ地域研究専攻)

トマトを卸す商人たち
  ここはケニアの地方都市マチャコスにある公設マーケットです。私はこのマーケットに通いながら、商売に関するさまざまな知識を商人たちから教わっています。ここでは生産者、卸売商、小売商といった1,600人あまりの売り手たちにより、約140種類の農産物が販売されています。そのなかでもひと際目立つ商品といえば、トマトです。なぜなら、売り手がもっとも多く、マーケットのいたるところに陳列されているからです。たとえば、卸売が行われているスペースの半分をトマトが占めており、そこで繰り広げられる青い空と真っ赤なトマトとの鮮やかな色の競演はみごとです。

  トマトを扱う売り手が多いわけは、マチャコスで一般的な料理を見るとわかります。まず、スープは完熟したトマトをベースに味付けされ、ほどよく熟れて身の固いトマトはサラダの主役です。そして、主食のイシオ(メイズと豆の煮込み)もトマトで味をととのえます。このようにトマトは、料理に欠かせない食材です。しかも腐りやすい生鮮野菜であるため、日々こまめに購入される食材でもあります。要するに、トマトは安定した需要のある商品なのです。売り手はこの特徴に目をつけ、日々確実に利益を得る手段としてトマトを扱います。というわけで、マーケットにはトマトの売り手が溢れているのです。

  しかし、トマトが氾濫するマーケットで、売り手はどうやって自分のトマトを買い手に売り込むのでしょうか。そして、買い手はどのようにトマトを選んでいるのでしょうか。そんな素朴な疑問をもっていた私に、ある日、小売商のドゥコおばちゃんを手伝う機会が訪れました。以下では、そのときかいま見たトマトの違いについて考えたいと思います。

早朝6時のマーケット
  早朝6時のマーケットは、トマトを売る生産者や卸売商とそれを買う小売商とでいっぱいになり、活気づいています。私はドゥコおばちゃんの後ろにくっついてトマトを仕入れることになりました。トマトの大きさは等級で区分されており、相場の高い順に「A 級(箱の中身が大粒ばかり)」「B 級(中粒ばかり)」「Mix (大粒と中粒の混合)」「級なし(小粒もしくは大きさが不ぞろい)」となっています。熟れ具合の違いにも区分があり、相場の高い順に「青赤混合(熟れかけと熟れたもの)」「青い(熟れかけ)」「真っ赤(完熟)」に分かれます。つまり、このふたつの基準の組合せにより、トマトが4×3=12の違いに区分されることになります。もっとも高値になる「A 級」で「青赤混合」のトマトの相場は、この日、木箱あたり1,300 シリング(1ケニアシリング≒1.4円)でした。買い手たちは、等級と熟れ具合を吟味しながら売り手と値段の交渉を繰り返します。ドゥコおばちゃんが 2 時間かけて仕入れたものは「級なし」の「真っ赤」なトマトで、1箱950シリングになりました。等級と熟れ具合の区分から判断すると、これは最安値にあたるトマトです。

  ドゥコおばちゃんは「級なし」で「真っ赤」なトマトをよく仕入れます。同じように、その向かいで営業する小売商は「A 級」で「青赤混合」のトマトをよく仕入れています。仕入段階で小売商たちは、自分が売るトマトと周囲の小売商が売るトマトとの間に、等級と熟れ具合の違いをおおざっぱにもつようです。

  さぁ、一息つく暇もなく、トマトを売り場に並べて商売をはじめなければなりません。ほかの小売商たちはすでに商品を並べはじめています。私たちも急いで準備に取りかかろうとしたとき、ドゥコおばちゃんが私に向かっていいました。

野菜を小売りするドゥコおばちゃん
  「ムンブ(私のあだ名)、今日はあんたにトマトをまかせるよ。トマトを積んでごらん」

  小売商たちは、いくつかのトマトを積んで小さな山をつくり、それを単位に販売します。私はまず10個のトマトを手にとって、山をつくってみました。あれまぁ。いつも見慣れているトマトの山ができません。焦って積むと崩れてきます。完成しても山はガタガタなピラミッドになっています。その様子を見たおばちゃんは、山を崩してトマトを積み直します。

  「ムンブ、見ておきなさい。これじゃ山がすぐに崩れてしまうよ。それに今日のトマトは小粒だから、20シリングで売る山は16個のトマトを使うこと。それも大きめのトマトを積む。まず、1段目に形がそろったものを置く。2段目には1段目よりも大きめのトマトを積む。最上段には特に大きくて形のいいものを載せてできあがり。それから、10シリングの山は大きめのトマトばかりだと8個、小さめのトマトばかりだと10個を使う。5シリングで売る山は特に小さなトマトを 5 個使うように、そらやってごらん」

  大きさと形をそろえることで、確かに安定感のある山ができあがっています。それに、向かいでは「A 級」のトマトが7個で20シリングの山として、3個で10シリングの山として並べられていたので、それらと私たちの山との間には、嵩の違いができています。

  しばらくして私が売り場の最前列に4つの山をつくり終えたとき、ドゥコおばちゃんはジャガイモを並べていた手を止めて、おもむろにいいました。

  「ムンブ、買い手が見る方向からその山を見てごらん。買いたいと思うかい?真っ赤で形もいいトマトを多く入れた山を最前列に並べること。不恰好なものは山の一番下の段に入れて、見えないようにその上からトマトを積む。腐りかけのトマトは入れないこと。それはおまけで客にあげるか今日の夕飯に使うから、後ろに置く。次に青いトマトばかりの山もつくっておくこと。まとめ買いをする客の場合、青いトマトを欲しがるからね」

  山を積みはじめてから1時間が経過したとき、ようやく20個の山をつくり終えました。ふと顔を上げると、周囲の小売商たちはとっくに並べ終わって店開き。屈んだ姿勢でトマトを積んだために痛くなった腰をもみほぐしていると、向かいの小売商がニヤニヤしながら「なかなかいい積み具合じゃないか」と、奮闘していた私をねぎらってくれました。

大きさと熟れ具合ごとにトマトの山をつくって売る小売商たち
  小売商たちは、山ごとに熟れ具合を統一させ、形のいいものが買い手側から見えるようにトマトを積んで山をつくります。このように、陳列段階で小売商たちは、ひと山の嵩の違いやトマトの色形の良さでお互いの山を差別化し、売り込み合戦をしているようです。それと同時に、自分の山のなかで熟れ具合の違いをより細かく設けて山の多様化も図っています。この時点ですでに売り場には、早朝にみられた12区分をはるかに上回る「トマトの違い」が現れてきました。

  さて、チャイ(砂糖がたっぷり入ったミルクティ)を飲みながら一息ついていたところに、最初の客が来ました。

  「あんたがトマトを売っているのかい?」と、おじさんが素通りしようとした足を止めて驚いたように聞きます。

  「そうです。どの山にしましょうか」

  私はこの一見客にトマトを買ってもらおうと愛想よく応対します。その間ドゥコおばちゃんは久しぶりに訪ねてきた姉と2人でおしゃべりを続けています。

  「名前は?どこから来たの?」と、おじさんは私に質問するだけで、トマトを買う様子はありません。

  「何を探してるんだい。この子はトマトじゃないよ、早くトマトを選んでおくれっ!」

   突然ドゥコおばちゃんは貫禄のある声で冗談交じりに文句をいい、おじさんを圧倒します。そしておばちゃんは、おじさんが顎でかすかに指した方向にある20シリングの山をビニール袋へ詰めだしました。なんと、その山の下段には、売り物にはならないはずの腐りかけたトマトが混ざっていました。しかもトマトを詰めるときに隣の山へ紛れ込んだトマトをそのまま放置し、おまけのトマトさえ入れずに袋の口を閉じたのです。その動作の素早さはみごとなものでした。物珍しい外国人と話したいおじさんは、それに気づきません。この勝負、一見の客を引き込んだ私と袋詰めの技がベテランの域に達したおばちゃんとの連携プレーで、完勝です。

  お昼どきになると、マーケット内にある簡易食堂の店員たちが、熟れたトマトを探してマーケットを徘徊します。こうした食堂では、普通は調理済みの料理を客に出しますが、時々メニューにない注文も受け、店員はその都度トマトを必要な分量だけ小売商から買うのです。キョロキョロしながら歩いていた店員が私たちの前で止まりました。

  「これ、よく熟れているね。この山をひとつ詰めてよ。あっ!1番下の段の2つは腐っているんじゃないの?その2つは入れないでよ。代わりに後ろの山から2つ入れておいて。おまけが2つなんて少ないよ、このトマトもおまけでもらっておくよ」

  店員はうるさい注文をつけます。私はこの客の言いなりになり、大きく形のいいトマトばかりを袋に詰め、おまけも多く入れてしまったために、20シリングで売れるような山を10シリングで売るはめになりました。

  「そんなことじゃ、商売あがったりだよ」

  ドゥコおばちゃんは私をたしなめます。けれども立て続けにこのような一見の客が来ては、おばちゃんのいう商売あがったりな買い方をしていきます。経験の浅い売り手には、買い手の我がままをかわすことはとても難しい。私は、それをうまく利用する抜け目のない買い手たちの餌食になっています。

  夕方 5 時頃からは、人々が夕飯の材料を買いにやってくる時間帯です。小さな男の子がひとり私の前に立ちました。ドゥコおばちゃんは心得たように、残っているなかでもよく熟れたトマトばかりの山を選んで、私にビニール袋へ詰めさせました。さらにおばちゃん自らがおまけを3つも足して、男の子へ袋を渡します。すると男の子は、パッと開いた手のひらを私に差し出しました。そこには5シリング硬貨1枚がのっていました。

  「お母さんは元気かい?ほら、袋をちゃんと抱きかかえて持ちなさい。落とさないようにするんだよ」と、男の子の世話をやいているおばちゃんの横で、私はつぶやきました。

  「おばちゃん、それ商売あがったりやでぇ」

  トマトの良し悪しがわからない子供は、売り手にとって騙し易い客になります。しかしおばちゃんは、男の子の代わりにトマトを選び、しかも多くのおまけをあげました。この子のお母さんはドゥコおばちゃんの常連客であり、知り合いだそうです。この勝負は、ドゥコおばちゃんのところに男の子をお使いに行かせたお母さんの作戦勝ちといえます。

  午後7時にようやく1日の仕事が終わり、95個の山が売れて、トマトの売上げは総額810シリング(純利益は310シリング)になりました。木箱いっぱいに詰まっていたトマトが半分近くまで減っていました。今日はよく売れたといって、おばちゃんは満足そうです。

  振り返ってみると、売り手が誰で買い手は誰なのかという違いや、売り手の経験の違いが、最終的に売買されるトマトの量と質に変化をもたらしました。こうして増えていく「トマトの違い」を目の当たりにし、それ以前に抱いていた素朴な疑問を少し解消することができました。トマトが氾濫するマーケットで、自分のトマトを買い手に売り込むために、売り手は仕入・陳列・販売の各段階で徐々にそしてより微細な違いをトマトにもたせます。そして買い手はトマトを選ぶとき、トマトの見た目の違いとともに、売り手の違いにも注目します。

  この日を境に、どのトマトも同じようにしか映っていなかった私の目に、「トマトの違い」が見えてきました。青い空の下にあるのは、単に赤いトマトの山々ではありません。大きさ・色・量・質が違い、しかも売買の最中にその内容がさらに変化しうる、色とりどりで唯一無二のトマトの山々です。売り手は知恵を絞りながらさまざまな「トマトの違い」を用意し、移り気な買い手とその内容をめぐって勝負する。この売り手の緊張感と奮闘ぶりがわかった今、無邪気にマーケットの風景を楽しめなくなった私でした。たかがトマト、されどトマト。トマトは私にマーケットでの商売の奥深さをチラリと見せてくれたようです。

『アジア・アフリカ地域研究』第4-1号掲載: 2004年7月発行

 
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