シンポジウムの翌日、我々はバスでチャオプラヤ川デルタへと向かった。バスの窓越しには巨大な工場がいくつもならんでいた。この地域は工場などで使われる工業用水に地下水を利用しており、地下水の過剰なくみ上げによって地盤沈下が進んでいるという。バスの窓から見える景色にも地盤沈下の影響を確認することができた。バスを降りると我々はボートに乗り換えチャオプラヤ川の河口に向かった。
チャオプラヤ川の河口付近にはマングローブ地帯、エビなどの養殖場、塩田などが広がる。しかし、この地域は年間35mというペースで海に飲み込まれており、マングローブ地帯も後退している。周辺に住む人々は以前はもっと海よりで生活をしていた。しかし、地盤沈下によって陸地が海に飲み込まれつつあるため、少しずつ内陸部への移動を余儀なくされている。我々が訪問したときは満潮だったが、干潮時には海に飲み込まれてしまった学校や家がむなしく姿を現すそうだ。河口にある寺院は満潮時になるとその3分の1程度が海に沈んでしまう(写真1、2)。このまま何も手を下さなければ20年後にはこの地域一帯はすべて海に飲み込まれてしまうそうだ。「何か手立てはあるのか?」という質問に対して、現在実験中ではあるがコンクリートの防波堤とマングローブを組み合わせた新型の防波堤を作る計画があるとのこと。しかし、それだけでは海の侵食を防ぐことはできないだろう。まだ、何も手立てが見出せずにいるのが現状ではないだろうか。
今回バンコクで行われたシンポジウムの最初のセッションは“Learning Lessons from Recent Disasters in the Indian Ocean”というタイトルで津波被害に関する発表が行われた。人々に恵みをもたらす海が時には人々の命を奪う恐ろしい海へと変化する。チャオプラヤ川の河口に住む人々は海からの恵みを享受して生活していると同時に、海によって生活空間を奪われつつある。この地域の地盤沈下は工業用水としてくみ上げられる地下水が原因となっているが、水との付き合い方を少し間違うことによって水は恐ろしいちからを発揮するものであると改めて感じた。