「遊牧生活をささえるモノ」 内藤直樹 (アフリカ地域研究専攻)
ケニア北部の乾燥地域に住む遊牧民アリアールの男性が、数日前の雨でできた水たまりの水を、家畜にあたえています。水は、地面を掘って作った溝にビニールシートをかぶせた即席の水おけ(nkarao)にためられています。このビニールシートは、ナイロン(nairon)と呼ばれています。男性が水をくんでいる桶は、もともとは食用油が入っていたプラスチック製容器でした。
ナイロンは、木の枝でできた風通しのよい家しかない牧野の村では、雨が降ったときの「屋根」として重宝されています。また、露天で寝ることが多い放牧キャンプでは、雨が降ったら、「タープ」のようにして、みんなで一枚のナイロンをかぶって、やりすごします。そして時には、即席の「水おけ」にも変身するのです。このように、ナイロンはこの地域の人びとと家畜の生活になくてはならないモノのひとつです。
このナイロンが、もともとどのような必要があって、この地域で売られるようになったのかは知りません。ただ町場の商店の主も、人びとが「屋根」や「水おけ」としてこの工業製品を買いに来ることをよく心得ており、在庫を切らすことはありません。
ナイロンは、僕が町場に出かけるときに、人びとにねだられる「おみやげ」の上位に入っています。ねだられるモノは他にも、夜間の敵や野生動物からの襲撃から人や家畜を守るために必要な中国製の懐中電灯、単一電池や豆球、それからいかにも遊牧民らしい華美な装飾品の材料となるチェコスロバキアなどから輸入されたビーズも多いでしょうか。Not for sale(非売品)と書かれている、国際的な援助団体やさまざまな国の政府による援助食料や、その容器も立派に「販売」されています。
この地域でも、世界のさまざまな地域で生産された工業製品が流通しています。それらは、それを作った人びとが思いもよらないやり方で、人びとと家畜の生活をささえるモノとして使われています。