(1) 研究課題 (博士論文に予定しているタイトル)
(2) 博士論文において目的としていること
(3) そのうち,今回の現地調査で明らかにしたこと
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渡航期間: 2006年8月5日〜2006年12月20日, 派遣国: ナミビア
(1) ナミビア北西部、乾燥地の季節河川におけるゾウと人の関係変化
吉田美冬 (アフリカ地域研究専攻)
キーワード: 砂漠,季節河川の植生,アフリカゾウ,観光業,社会経済変化

(2) 

写真1:高い降水量により砂漠にも草本が生育していた


写真2:ゾウによる樹木の樹皮の剥ぎ取り


写真3:村の対岸に建設された高級ロッジ
ナミビア北西部の砂漠に生きる動物や人々にとって、季節河川は唯一の水・植物資源を提供する場として重要である。調査地では、アフリカゾウと地域住民が古くから季節河川沿いの自然資源を共有し、また、近年では観光業を通して両者は密接な関係をもってきた。こうした関係は、地域の自然環境および社会経済の変容にともない、新しい形へと変化してきている。本研究では季節河川の自然資源、特に植生と、観光業の移り変わりによってゾウと地域住民の関係がどのように変容しているのかを明らかにすることを目的とする。

(3) 2006年8月5日から12月20日にかけて、ナミビア北西部の季節河川であるホアルシブ川流域において調査を行なった。今回は「2006年度の高い降水量による季節河川の環境の変化」と、「新たな観光施設の建設および営業開始による地域の社会経済的変化」の2つが、ゾウと住民に与えた影響について調査し、前回(2004年度)の調査時との比較をとおして、ゾウと人の関係変化について分析した。
  2006年度の高い降水量の影響により、前回(2004年度)の調査時と比較して砂漠の植生環境が大きく変化していた。砂や岩石ばかりであった河畔林以外の場所にも草本が生育し、河床には、前回観察されなかったその年の発芽個体が確認された。また、前回ゾウによって枝や幹を破壊されていた樹木の一部には、新たな部位からの再生がみられた。このように例年よりも季節河川の自然環境が豊かだったためか、調査期間中にゾウが調査地付近を訪れる頻度は前回よりも高く、群れサイズも大きくなっていた。ゾウによる樹木の破壊は継続しており、特に樹木を枯死に至らしめる「樹皮の剥ぎ取り」が顕著に観察された。また、乾季でも砂漠に草本が存在したため、家畜を村から遠い放牧地へ連れてゆかず、村周辺で放牧する住民もいた。このためゾウと家畜の接触機会は増えたが、特に家畜が殺されるといった問題は起こらなかった。
  同年、季節河川を挟んだ村の対岸に、砂漠のゾウを観察するサファリを売りものとする白人経営の高級ロッジがオープンした。ここでは20名を越える地元住民が雇用され、ロッジの収益の一部は村のコミュニティーの収入となっていた。住民たちは安定した高い給料を約束され、村には職を求める村外からの移入者が増えた。ナミビア北部のオヴァンボ地域からの商人も村への行き来をはじめ、村での人の出入りが頻繁になった。この結果、住民達は住居のドアに鍵をつけ、周囲には柵をたてることで、場所や物に対して各々が自分の所有を明確に主張するようになった。また、人口増加により新たな住居建設が進められたが、その建材としては、従来の季節河川からの樹木に加え、都市で売られている整形された木材やブロックの使用がみられた。従って、村の人口増加による河畔林の樹木伐採は、大きく促進されてはいなかった。ロッジは従来のゾウの移動ルート上に建設されており、当初ゾウの移動を妨げる心配もあったが、現時点では堂々とロッジの前庭を行き来しており、大きな影響はないようである。しかし、ロッジと村を結ぶ道路では頻繁に車が往来しており、タイヤは柔らかい砂地を押し固め、何度も車が通った場所には草本が生育しなくなっていた。観光客がサファリをする河畔林および河床には決められたルートはなく、タイヤ跡が作る不毛地帯は増える一方である。今後の観光客の増加は、植生環境およびゾウをはじめとする野生動物への負の影響を与えることが懸念される。
  以上のように、降水量の増加は季節河川の植物や動物の生態に大きく影響を与えていたが、一部の牧畜従事者を除く住民の生活には大きな影響を与えていなかった。一方、新たな観光施設であるロッジの建設による影響は、住民の社会経済に大きな変化を与えており、将来的には季節河川の動植物にも影響を及ぼすことが考えられる。
  こうしてゾウと住民の関係は、直接的に自然資源をめぐる関係よりも、むしろ、観光業を通しての間接的に自然資源をめぐる関係に移行し、社会経済的な結びつきが強くなってきたといえるだろう。従って、今後の季節河川における両者の関係は、観光業の展開によって、大きく左右されると思われる。

 
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