(3) ラオスはルアンパバーン県ナムバーク郡に位置するNT村は、ルーという民族を中心に約500世帯からなり、独自の文化伝統を保持する「文化村」として知られている。同村の社会変容と文化再編の過程を明らかにすることを目的として、報告者は平成16年9月から平成17年12月にかけて定着調査を行った。今回はそのデータを補足するため8月30日から9月27日にかけて渡航し、そのうち2週間を現地調査に費やして、以下の課題に対して次の成果を上げることができた。
まず、第一の課題は、内戦から社会主義体制成立直後にかけての村の社会変化の実態を明らかにすることである。村の年配者を中心に聞き取りを重ねた結果、強制的な徴兵や農業の集団化によって村が混乱と分裂に陥ったものの、親族関係を中心とする相互扶助によってその危機を乗り越えた経緯を跡付けることができた。現時点で村の連帯と団結を強調する人びとの態度も、そのような過去を踏まえてみれば、いつ秩序が崩壊するとも知れぬ緊張感の表れとして理解することができる。
また、第二の課題はNT村の分村で訪問調査を行うことである。今回は3つの村を訪れ、それぞれの移動の経緯と村の現状を凡そ把握することができた。人々は今なお同じ村としての意識を共有する一方で、互いに差異化し競合する傾向にあり、村を越える親族関係と絡めて村の境界を再考する契機となった。
そして第三の課題は、同じ屋根の下で暮らす人々が構成する「家(hueang)」の生成と継承、分裂について仮説の検証を行うことである。「家」は居住のほか生産と消費、儀礼祭祀と政治参加をともにするものの集合体であり、1つないし複数の「家族」(khop khua)によって構成される。報告者は土地の保有と分配に関わる「家」の機能に着目し、婚姻による成員変化の背後にある財産分与と労働力の増減をめぐる「家」の戦略、政策の介入と社会状況の変化、そして個人の選択のせめぎ合いの過程を明らかにした。
このような調査研究は、長期間の定住によって築かれた人々との関係と、村の各戸の実情に関する多角的な理解によって可能となった。報告者の主要な関心は当該地域の社会文化の動態にあるが、たとえば村の制度的理解には政治、生業と経済活動には自然生態と経済というように、他分野に踏み込んでの分析が必要となり、その蓄積を通して村の全体像に近づくことができたほか、社会文化の領域においてもより深い洞察を加えることができたように思う。
今後は本派遣によって得られたデータを整理しつつ、文献研究により一層の力を入れ、諸学会や研究会での口頭発表や論文の投稿に積極的に挑戦するつもりである。そして、より充実した博士論文の執筆に取り組んでいきたいと考えている。