報告
ナイロビ・フィールド・ステーション(NFS)活動報告 No.3
「2005年11−12月の活動報告」
孫暁剛 (21世紀COE研究員)


Kenya Pastoralists’ Week 2005のパンフレット

(1) NFS関連の調査研究活動

1. “Kenya Pastoralists’ Week 2005”への参加報告

  11月28日から12月2日にかけて、ナイロビで開かれた「2005年ケニア遊牧民週間」(Kenya Pastoralists' Week 2005)に参加しました。このイベントは2003年から毎年一回、Centre for Minority Rights Development (CEMIRIDE)の主催で、UNDPやOxfam, ActionAidなどの国際機関やNGOの協力で開かれており、ケニアの辺境地で暮らす遊牧民の自発的な参加による地域の発展(Pastoralists' participation for progress)を支援することを目標としています。一週間の開催期間中には、ケニア北東部のソマリ地域で展開されているモバイル・スクールの報告や、遊牧民社会のエイズ(HIV)に関する調査報告、そして各地で活動しているNGOと地元の遊牧民の人びととの協力の成果を展示するコーナーがありました。
  現在NFSを利用している研究者の多くは、ケニアとウガンダにおいて遊牧民社会を対象としたフィールドワークをおこなっています。今回のイベントは、研究者と同じフィールドで活動している援助団体やNGOの活動を知るよい機会となりました。また、研究者と異なるビジョンをもつNGOの人びととの交流を通して、われわれの研究成果が地域住民にどのように還元できるかを考えさせられました。

2. タンザニアで開催されたワークショップへの参加報告

  12月11日−14日には、東アフリカ・国際ワークショップ「地域研究と地域開発の紐帯:東アフリカの地域間比較を通して」において口頭発表をするとともに議論に参加しました。このワークショップは京都大学タンザニア・フィールド・ステーションの主催で、タンザニア首都のダルエスサラーム市で開かれ、タンザニア人、日本人、そして中国人を含む約20名の研究者が参加・発表しました。
  私は“Pastoralists' Challenge to Rural Development: A Case Study of the Rendille in Northern Kenya”という題目で、北ケニアの遊牧地域における開発援助プロジェクトが地域住民に与えた影響や、地域住民がこのような影響にどのように対応し、生業としての遊牧を維持しながら、新たな経済活動にチャレンジしているのかについて発表しました。発表後、タンザニア人研究者からは、ケニアにおける遊牧民と農耕民の関係や、遊牧民の移動をめぐる土地の所有制度について質問されました。タンザニアでは、ウシ遊牧民マーサイと近隣の農耕民とのあいだで土地をめぐる対立が深刻化しているそうで、その解決策を考えてゆくためには、ケニアの事例が参考になるのではないかと思います。

タンザニアの国際ワークショップの会場 タンザニアの国際ワークショップで発言する
Dr. Nindi (ASAFAS 2004年度卒業生)

(2) COE研究員の調査研究

  私は「乾燥地域における生業牧畜の持続性とその動態に関する社会生態学的研究」をテーマとして、以下の二つの視点から調査・分析を進めています。
  まず、遊牧の持続性を考えるとき、生計を支えるための家畜群の維持と、資源利用の持続可能性を生態人類学的な視点から解明することが必要になります。本研究では、北ケニアの遊牧民レンディーレ社会を対象にフィールドワークをおこなっていますが、まず先行研究との比較を通して、レンディーレの人口・世帯構成や居住形態の変化、社会組織の編成の動態のほか、人々が所有する家畜群の個体数と構成の変動、遊牧の領域・移動パターンといった遊牧生態の変化を明らかにします。加えてライフヒストリーを軸にした質的調査をおこない、遊牧民がもつ自然環境に対する知識や資源の利用方法、家畜の放牧管理にかかわる技術や戦略における通時的な変化を分析します。さらに生態資源の分布状況や人々の環境利用に関する諸データを、GIS(地理情報学)や衛星画像の解析をもちいて収集・分析します。こうした調査・分析と、他の遊牧社会に関する文献との比較研究を総合することによって、遊牧民が自然災害に対処するメカニズムを動態的に解明し、乾燥地域における遊牧という生業の持続可能性を再評価します。
  第二の視点は、遊牧民の「近代化の経験」とそれにともなう社会変化に注目することです。他の遊牧社会と同様、レンディーレは近年、生態環境のみならず社会的・経済的環境においても急激な変化を経験しています。遊牧集落の定住化と現金経済の浸透はその一例です。こうしたなか、レンディーレは集落と放牧キャンプの分業と居住分散を徹底化させる一方、市場価値の高いウシを増やしたり、出稼ぎや賃労働をおこなったりすることによって、社会環境の変化に対処しています。しかし遊牧生業の将来性を考察するためには、こうした生業の多角化の試みが遊牧民の社会内部と地域経済システム全体にどのような影響をもたらすのかを解明する必要があります。
  そのために本研究では、他の遊牧社会に関する研究を広く参照するとともに、私が現在おこなっている研究を組み合わせて、長期的なデータの収集と比較・分析を実施しています。とくに、自然災害に対する社会的な救済システムと、互酬的な協力関係を重視してきた従来の資源所有・利用・分配システムにおける変化に焦点をあて、通時的・共時的な分析をおこなっています。
  以上のように、生態学的・社会学的な調査手法と比較研究とを組み合わせ、二つの視点にもとづく調査結果を総合的に検討することによって、遊牧という生業の持続可能性を再評価し、遊牧民研究における新たな展望を提示することを目指しています。

 

レンディーレ・ランドにおける遊牧民の新たな活動:手前は遊牧民が自力で作った井戸、奥は援助をうけてセメントで補強された井戸。 レンディーレ・ランドで2年前には青空小学校だったところにコンクリートの建物が出現。原野の生活は変わりつつある。
レンディーレ・ランドの制服姿の小学生たち。
学校では、ビーズの装飾品を身につけることを禁止されている。

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