「21世紀COEプログラムの展開」
プログラム・リーダー 市川光雄
(2005年10月)
これまでの成果と新体制によるプログラムの推進
2002年度に始まった21世紀COEプログラム「世界を先導する総合的地域研究拠点の形成―フィールド・ステーションを活用した臨地教育体制の推進」は、はやくも4年目に入り、残すところ1年半となりました。本プログラムでは、アジア・アフリカ地域研究に関する先導的な教育・研究拠点の形成をめざし、(1)フィールド・ステーション(FS)を利用した臨地教育・研究の推進、(2)統一テーマ「地球・地域・人間の共生」に沿った4つの問題群に関する研究・教育、(3)多元的情報の整備と発信を担う「地域研究統合情報化センター」の設置準備、という3点に重点をおいた活動をおこなってきました。
臨地教育・研究の推進については、これまでにアジア地域に9ヵ所、アフリカ地域に5ヵ所のフィールド・ステーション(FS)が設けられ、それらをベースにした臨地研究と臨地教育(on-site education)が活発に展開してきました。これまでにこのプログラムの支援を受けて臨地調査と臨地教育に派遣された大学院生は延べ110人、教員は延べ59人、COE研究員等が延べ9人に及んでいます。またフィールドワークと並行して、現地の大学・研究機関や非政府組織などと共同で研究集会を開催したり、学術交流協定を締結するなど、FSを核とする国際的な共同研究・教育を推進してきました。フィールドワークを大学院における教育・研究の核に据え、現場における第一線の研究とそれを通した教育活動を融合させながら推進するという体制がいよいよ軌道に乗ってきたところです。これから1年半のあいだにこれらの成果が続々と発表されることと思います。
またこれらの臨地教育・研究と連携させながら、統一テーマに沿った4つの問題群(人間生態、社会文化、政治経済、地域研究論)に関わる研究会やワークショップ、シンポジウム等を国内外で開催してきました。なかでも、2003年10月20日〜10月30日にエチオピアのアジスアベバ大学で開催されたワークショップ「環境と生業をめぐる地域住民の取り組み(Environment, Livelihood and Local Praxis in Asia and Africa)」や、2004年10月30日〜31日に京都で開催したワークショップ「フィールドワークから紡ぎだす―発見と分析のプロセス」は、大学院生と若手研究者による発表を主体としたものとして特筆すべきものと思います。とりわけ後者は、大学院生・若手研究者が中心になって企画・運営をおこなったものであり、これには全国の大学から合計120名余の大学院生等が参加しました。フィールドワークの方法論等に関して活発な議論が交わされ、若い研究者のフィールドワークに寄せる熱い想いが伝わるワークショップでした。このほか2005年3月には、文理融合企画のひとつとして「地域研究におけるGIS/RSの可能性」と題するシンポジウムを開催し、「地域情報学」という新しい分野の可能性について議論しました。
さらに「統合情報化センター」関係では、アラビア語、タイ語、インドネシア語、アムハラ語などの現地語資料を含む多数の図書やマイクロフィルム、地図、衛星画像、映像資料などの多元的資料を収集・整理したほか、アフリカにおける野生植物利用や現代アラビア語定期刊行物等の地域研究情報に関するデータベースの整備と充実化をおこないました。(ホームページの「ネットワーク構築プロジェクト」の欄を参照)そして、21世紀COEホームページと月刊メールマガジン『アジア・アフリカ地域研究情報マガジン』(通称IAS-INFOM)によって、本プログラム全般にわたる活動とその成果の積極的な公開に努めてきました。
京都大学では現在、2006年度に「地域研究統合情報センター」を設置すべく、文部科学省に概算要求中です。このセンターは、大学院アジア・アフリカ地域研究研究科、東南アジア研究所、そしてアフリカ地域研究資料センター(京都大学の学内措置組織)の3組織がこれまで共同で設立を検討し、21世紀プログラムにおいてその活動の実質化が進められてきた「新センター設立構想」の実現と、この新センターに合体予定の国立民族学博物館地域研究企画交流センターが推進してきた事業の継承発展との統合を目指すものですが、経緯の異なる二つの計画をどのように実質的に統合していくかが今後の課題となることでしょう。
2004年度をもって、これまで拠点リーダーを務めていた加藤剛教授が京都大学を退職することになりました。また、教員の転出や着任などの人事異動を受けて、2005年度から若干の事業推進担当者を変更するとともに、新しい執行体制(ホームページの「組織と役割分担」の欄を参照)を編成しました。この新しい体制のもとで、2004年度に行われた中間評価におけるコメントを踏まえて、一層の事業の推進を図っていきたいと考えています。
中間評価の結果とそれに対する対処
2002年度に採択された21世紀COEプログラムについて、2004年度に中間評価が実施され、本拠点は以下のような評価を受けました。
総括評価としては、「当初目的を達成するには、下記のコメントに留意し、一層の努力が必要と判断される」というもので、付記されたコメントには次のようにありました。 「実績のあるフィールド・ステーション構築をさらに進めており、今後の発展も期待できる。しかし、各地のフィールド・ステーション構築により、いかなる研究を飛躍的に進めようとするのか、言い替えれば、野外調査研究そのものの原理を高めようとするのかは明示的でない。また、『文理融合』の具体的な姿、アジアとアフリカという異なる地域間の接点をどこに見出すのか、などといった問題点も、現在までのところ明白ではない。フィールド・ステーション構築のためにも、これらに対する事前あるいはその過程における方法論の確立が必須であり、このような点について、関係者の一層の努力が必要である。」
コメントにあげられている主要な問題は、(1)フィールド・ステーション構築によりいかなる研究を進めるのか、(2)文理融合の具体的な姿、(3)アジアとアフリカという異なる地域間の接点、の3点でした。以下、これらについての本拠点の考え方を説明したいと思います。
(1)フィールド・ステーション構築によりいかなる研究を進めるのか。
これまでの地域研究は、植民地期の旧宗主国や第二次大戦後のアメリカで行われた研究のように、「支配」の確立や政治的意図のもとに行われた研究が多かったのですが、本拠点で目指すのは、地域に密着し、地域の人々との共生に向けた研究です。具体的には、フィールドワークと現地語による調査を重視した研究を推進することであり、フィールド・ステーションの構築はこうした研究・教育活動を支援・強化するものであります。なかでもフィールドワークを重視するのは、二次資料の蓄積が乏しいわが国の若手研究者が短期間で卓越した業績を上げるためには、まずは自らフィールドで収集した一次資料にもとづく研究が効果的との判断によるものです。臨地教育・臨地研究を通して、地域に密着した課題を掘り起こすとともに、そのような課題に関する大学院生・若手研究者の研究能力を向上させるための支援拠点としてフィールド・ステーションの充実化が必要であり、今後もそれに向けて一層の努力をしていきたいと思っております。
(2)文理融合の具体的な姿
本拠点で重要な研究テーマとして取り上げられているもののうち、「在来性を重視した農業開発」や「乾燥地における生業適応」、「野生動植物資源の保全的利用」などは、いずれも地域の生態環境とそれを利用する技術、地域住民の文化・社会に関する深い理解を必要とするもので、文理融合的なアプローチや理解の方法が前提となっています。これらの研究の詳細については本拠点のホームページに掲載された派遣報告や研究会・ワークショップ等の報告に記載されているとおりですが、今後さらに、環境問題や開発等の文理融合的アプローチを必要とするテーマに重点を置いて研究を進める予定です。また2005年度には事業推進担当者として、「音響環境学」(地域社会と音響環境の関係を扱う)や地域情報学(地域情報のデジタル化とそれにもとづく地域研究)などの文理融合的なアプローチによる優れた業績をもつ研究者を事業推進担当者に加えることによって、文理融合的な研究の一層の展開を図ることにしております。
さらに地域研究の方法論に関しても、最近では、地域の歴史や景観、社会の動態等に対してRS(リモートセンシング)による景観解析やGIS(地理情報システム)などの新しいアプローチが試みられています。これらは、従来は人文・社会科学の分野とされた領域に自然科学的方法を援用したものですが、このような複合的なアプローチについても今後積極的に取り入れていきたいと考えています。
(3)アジアとアフリカという異なる地域間の接点
現在、世界では急速に政治・経済・情報等のグローバル化が進んでおり、そうした状況のなかで、地域に関する問題の把握とその解明・対処法に関しても急速にグローバルなネットワーク化が進んでいます。このような状況においては、世界的視野に立った地域研究が必要であり、本拠点ではこのような観点から地域間比較を実施し、地域の固有性と汎地域的な共通性の両面に着目した研究を進めていきたいと考えています。具体的には、熱帯雨林の保護と保全的利用や農業開発における在来性の再評価など、世界共通の課題でありながら地域によって異なった取り組みが必要な問題や、RSやGIS手法の地域研究への応用といった新しい方法論の可能性など、いくつかの共通テーマを取り上げて地域間の比較をおこなっていきたいと考えています。この種の試みはこれまでにも、本拠点が企画した国際ワークショップや、国内での地域間比較を目的とした研究会などでおこなってきましたが、今後は、より積極的にアジアとアフリカの地域間比較を主題とした調査や研究を推進するとともに、フィールド・ステーション間の相互訪問等により、地域性に関する理解を深めていく計画です。
総合的地域研究のさらなる推進
本拠点が推進する「総合的地域研究」に関しては、京都大学における地域研究の経緯を反映して、さまざまな捉え方がされていますが、本拠点ではそれを、(1)フィールドワークを通した教育と研究との一体的推進、(2)理系的アプローチと文系的アプローチの融合、(3)基礎的研究と応用的研究の結合、(4)地域間比較を通した世界的視野に立つ地域理解、という4つの要素から構成されるものと考えています。このような考えのもとで、今後もフィールド・ステーションのさらなる充実化を図るとともに、文理融合的なアプローチによる地域理解を目指して臨地研究や研究会を実施していきたいと思っています。また、2005年11月23〜24日にバンコクで開催される国際シンポジウムとその後のスタディ・ツアーを利用して、地域間比較による地域の特性の理解といった問題にも取り組んでいく予定です。さらに、今後は、単に研究だけでなく、現地でのフィールドワークを通して直面した地域が抱える切実な問題の解明にもかかわるような実践的な地域研究を基礎研究と並行して進めていきたいと考えています。
前プログラム・リーダーあいさつ:加藤剛(2002年10月〜2004年3月) |