Zambia Field Station
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アフリカ共和国旧トランスカイ農村における土地利用の実態
Land Use in the Former Transkei of South Africa
東京大学大学院経済学研究科
飯山 みゆき
南アフリカ共和国(以下、南ア)旧ホームランドとは、人種隔離体制下で形成されたアフリカ人居留地を指す。19世紀末鉱業ブーム後、白人政権は労働管理の手段として、伝統的権威を通じ、各世帯に約0.25ヘクタールの屋敷畑と約3ヘクタールの畑の占有許可を認めるという、歪んだ慣習的土地保有制度を導入した。かつて自給自足的農牧業を営んできたアフリカ人社会は、20世紀初頭には、労働者の家族が細々と自家消費用作物生産と家畜飼育を営む「出稼ぎ労働者の廃棄地」と形容されるようになる。

こうした歴史的背景を受け、政治経済研究は、旧ホームランド農業低迷の原因を、成年男子不在と土地不足という外的要因に対するアフリカ人社会の硬直性に求めてきた。対照的に、人類学者らは、20世紀初頭の出稼ぎ労働制度化期におけるアフリカ人社会の柔軟な再編過程に着目した。彼らによると、農村世帯は、(1)作物の変化(ソルガムからメイズ)、(2)農機具の変化(牛犂の導入)、(3)分業の再編(拡大家族から近隣世帯間の労働交換)、を通じ、農繁期に逼迫する労働需要に対応することで、耕作面積を維持したという。

他方、南ア農村を取り巻く環境は、80年代の政治経済危機・90年代の民主化・21世紀のグローバル化、と1980年代以降に激変する。都市では少数のアフリカ人に対する経済機会が開かれる一方、非熟練労働者の解雇や若者の失業が増加し、農村にも賃金・送金所得アクセスの有無による格差が浸透していくことになった。それに伴い、農村にはトラクターを所有し有償で耕作を請負う者も現われる一方、耕作委託費用を負担できない貧困世帯による畑の耕作放棄が伝えられるようになった。このような報告に対し、農業低迷の原因として外的要因を強調した政治経済研究の見解は、もはや説得力をもたない。さらに、アフリカ人社会の柔軟性に着目した人類学者の視点も、マクロ的政治経済動向と連動する農村内部の世帯間・世代間格差の実態を踏まえ、問い直される必要があろう。本発表では、こうした過去2〜30年間の社会変動を念頭に置きながら、最大の旧ホームランドである旧トランスカイにおける土地利用の事例を報告する。

現在、調査村では約5割の世帯が相続により屋敷畑と畑を保有し、残り半数の世帯は屋敷畑しか持たない。一方、土地アクセスとは別に、農外収入の多い順に調査世帯を3分類すると、(a)上層:元教職者や自営業者などの年配世帯、(b)中層:鉱山や農場への出稼ぎ経験がある年配世帯、(c)下層:就職機会に恵まれない若者世帯、ごとに土地利用パターンが観察された。安定的農外収入のある上層には、ハイブリッド種を投入する世帯もいる。他方、年金を唯一の収入とする中層や、都市での失職後は雑業以外に収入源のない下層は、近隣世帯からの援助が得られなければ、仮に畑を保有しても耕作放棄せざるをえない状況にある。調査世帯主のライフ・ヒストリーと農作業の聞き取り調査に基づき、マクロ的社会変動を契機とする農村内部の世帯間・世代間の経済格差が、農村住民の土地利用を巡る社会関係にも影響を及ぼしてきたことを示したい。