:: 平成16年度 フィールド・ステーション年次報告
カメルーン
  (1)概要:
    カメルーン・フィールド・ステーション(以下、カメルーンFS)は、中央アフリカのカメルーン東部州の熱帯雨林に設けられています。他地域のFSが大学や首都などにオフィスを構えているのとは異なり、まさにフィールドの中に位置した野外調査の拠点です。
コンゴ盆地の熱帯雨林の西端にあたる熱帯雨林地域に現在、ブンバ=ンゴコ及びンキ(Boumba-Ngoko and Nki)という自然保護区(国立公園)が設立されようとしていますが、カメルーンFSは、これらの保護区の入り口に設けられています。首都のヤウンデから約900キロメートルの道のりで、乾季にはガタガタの洗濯板のような道、雨季になると水を含んで泥沼と化すような悪路を4輪駆動車で2日あるいは3日かけてようやくたどり着けるところです。不便な場所にはまちがいありませんが、周囲にはコンゴ盆地からつづく広大な熱帯雨林がひろがり、すぐ近くにはコンゴ川の支流であるジャー川が流れる美しい森林地帯に位置しています。
この地域における調査は、1993年からつづけられています。熱帯雨林に強く依存して生活する狩猟採集民バカとバントゥー系、東アダマワ系の農耕民による森林利用と焼畑農業に関する研究が主なテーマです。FSをベースにして付近に住む狩猟採集民、焼畑農耕民の調査をおこなうとともに、集めた資料・標本を整理したり、情報交換や簡単なセミナー等をおこなうためのスペースとしてFSを利用しています。また、発電設備、コンピュータ、通信機器等を整備し、フィールドと研究室をつなぐ機能をもつ現地調査拠点として有効に活用しています。
  カメルーンFSにおける平成16年度の主な活動は以下の通りです。
 
       
    キャンプについて最初の仕事は小屋作り。屋根葺きに用いるクズウコン科植物の葉を整える。これは主に女性の仕事だが、参与観察では何でも自分でやってみることが大切。   森林内に方形区画(クォードラート)を設定して植生調査をする。  
       
    明るい二次林での植生調査は下ばえが多くて大変。   方形区内の植生調査ではまず、1本ごとに樹種の方名をききとり、胸高直径を測る。つぎに各樹種について標本を採集し、同時にそれに関する利用法や生育場所その他の知識について民族植物学的調査をする。  
       
    調査の合間の一服。こうしたときの雑談を通して貴重な情報が得られることもある。   キャンプに帰ったら、採集した植物標本を整理しながら、方名や利用法などの情報を再度チェックする。  
       
    採集した標本は火を使ってその場で乾燥させる。短期調査の場合には、アルコールをかけて袋に詰め、研究室に持ち帰ってから乾燥させることもある。   罠でとれたカワイノシシの重量を量る。獣肉はこのあと、解体・分配され、家族ごとに調理されたあと、できた食事がさらにまた分配されるが、その過程をすべて調査する。  
       
    獣肉が分配され、最終的に消費されるまでを追跡調査をする。   採集物の計量。モロンゴの期間の収穫物はすべて種類ごとに計量される。  
       
    野生ヤムの採集地周辺で植生調査をおこない、その位置をGPSで確認する。   野生ヤムと獣肉の食事。毎日の食事調査も重要な調査。  
   
  (2)フィールド・ステーションの整備:
    平成16年11月−12月に木村大治(ASAFAS教員)が別財源(科研費)によりカメルーンに出張し、同時期に派遣されていた大学院生の稲井啓之(平成15年度入学)の協力を得て、ンゴコ川(ジャー川の下流部)に設置したFSの整備をおこないました。すでに建設されている2棟はいずれも現地素材による建物、すなわち、木の枠組に泥壁を塗り、ラフィアヤシの葉で屋根を葺いたものなので、定期的に屋根の葺き替えや壁の塗り替えをすることが必要です。
これらの作業にあたるとともに、昨年、多くの費用を要した衛星電話による通信費のコストを下げるために、あらたな通信方法を導入しました。また、別財源により、灯油を燃料とする簡易発電機を購入し、これまで太陽電池のみに限られていた充電システムを整備しました。これにより、熱帯雨林環境のもとで不安定な太陽光発電に依存するというこれまでの電源問題が大幅に改善されました。
 
   
  (3)学生の派遣と臨地教育:
   

前年度からカメルーンに滞在して調査していた服部志帆(平成12年度入学)が、平成16年5月より調査期間を4ヵ月間延長して、狩猟採集民バカによる森林利用に関する調査を継続しました。
別財源(私費)によって渡航した安田章人(平成16年度入学)がブッシュミートの利用及び自然保護計画と住民生活の関係に関する調査のため、8月より17年1月までカメルーンを訪問し、ブッシュミートの利用とその流通に関する広域調査、及び北部州のベヌエ国立公園周辺地区における調査をおこないました。
この2名に対する臨地教育のために、市川光雄(ASAFAS教員)が8月4日より9月2日までカメルーンに派遣されています。
平成16年11月中旬から12月下旬まで、木村大治が別財源(科研費)によりカメルーンを訪問し、FSの維持管理にあたるとともに、ンゴコ川における淡水漁労に関する調査をおこなっている稲井啓之の指導をおこないました。
さらに平成17年1月からは、四方かがり(平成12年度入学)が焼畑農耕システムと焼畑による森林環境の変化に関する調査、また安岡宏和(平成11年度入学)が狩猟採集民による森林資源の利用、とくに野生ヤムのavailabilityに関する調査のために派遣されました。2名とも来年度の学位取得を目指しています。
カメルーンFSは、本研究科以外にも、本学理学研究科、浜松医大、山梨大教育学部、東大医学部、山口大教育学部などの研究者、大学院生が調査拠点として利用しており、この地域の日本人の調査拠点としての役割をも果たしています。

 
   
  (4)現地研究者との共同研究など:
   

現地研究者との共同研究は、カメルーンの調査が開始された1993年からおこなっていますが、平成15年9月、ヤウンデ第一大学人文社会学部と京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科との間で、学術交流に関する「覚え書き」(MOU)が交換されました。今後は、大学院生の教育をも含めた現地での共同研究・教育の推進と、そのための財源の確保が課題となるでしょう。
FSを設置したカメルーン東部州においては、自然保護計画を推進しているWWF-Cameroon 、カメルーン森林省(MINEF)、及び保護計画を支援しているドイツの政府援助団体(GTZ)等の専門家、政府役人、研究者、学生、普及員等とも緊密な連絡をとりながら調査を進めています。平成15年12月には、これらの機関・組織と共同で、ブンバ=ンゴコ県の県庁所在地であるヨカドゥマにおいて第1回目の現地セミナーを開催しましたが、平成17年2月16日に、今度は首都ヤウンデにおいて、第2回目のセミナーが開催されました。日本側からは、安岡宏和、四方かがり、それに別財源で派遣中の服部志帆の3名のASAFAS大学院生が発表し、カメルーン側からは、ヤウンデ大学の大学院生Olivier Njounan氏が発表しました。そのほか、WWF-CameroonでJengi ProjectのCoordinatorを務めるLeonard Usongo博士によるプロジェクトの紹介がありました。参加者は、WWF、 GTZなどカメルーン東部州の保護計画の実施にあたっている関係者のほか、カウンターパートであるヤウンデ大学人文社会学部からNgima-Mawoung博士とNga Ndongo博士、ドイツ人専門家のKai Schmidt-Soltau博士、カメルーン国立植物標本館やWCS (Wildlife Conservation Society)の研究者などで、在カメルーン日本大使館からも金井玉菜医務官が参加しました。この現地セミナーについては、別掲の服部による報告をご覧ください。なお、カメルーンの現地セミナーは、これまでいずれも、大学院生が主体となって、現地機関・組織との連絡調整や実施場所の確保などにあたっています。

 
   
  (5)カメルーンFSに関する研究業績:
    著書・論文
  • Ichikawa, M. 2004. Japanese tradition of Central African hunter-gatherer studies. In (Alan Barnard, ed.) Hunter-Gatherers in History, Archaeology and Anthropology, pp.103-114. Berg Publishers, Oxford.
  • Ichikawa, M. 2004. From evolutionary studies to global environmental problems. Before Farming, 2004(4): article 7 (on-line-version).
  • Ichikawa, M. 2005. Food sharing and ownership among the Central African hunter-gatherers: An evolutionary perspective. In (T. Widlok and W. Tadasse, eds.) Property and Equality, pp. 151-164. Berghahn, Oxford.
  • 市川光雄(印刷中)「ムブティ・ピグミー:森の民の生活とその変化」福井勝義・竹沢尚一郎(編)『ファースト・ピープルズ〜世界先住民族の現在・第5巻・サハラ以南アフリカ』明石書店。
  • Ichikawa, M. (in press) Animal food avoidance among Central African hunter-gatherers. In (Dounias, et al eds.) Animal Symbolism.LACITO-CNRS, Paris.
  • 木村大治、2004「投擲的発話: コンゴ民主共和国・ボンガンドの発話形態における『アドレス性』の問題」『社会言語科学会第14回研究大会発表論文集』 pp.154-157。
  • 伝康晴,坊農真弓,榎本美香,細馬宏通,木村大治,串田秀也,森本郁代,高梨克也、2004「社会的相互行為におけるアドレス性とは何か」『社会言語科学会第14回研究大会発表論文集』、pp.241-250。
  • 木村大治、2004「(解説)身体の人類学」 『文化人類学文献事典』弘文堂、pp.103-104。
  • 山越言(印刷中)「誰がアフリカの自然を守るのか−在来環境思想に基づいた自然保護の可能性を探る−」重田眞義(編)『アフリカの力』京都大学学術出版会。
  • 山越言、2005「アフリカの気候変動と植生変化から見た類人猿とヒトの進化」水野一晴(編)『アフリカ自然学』古今書院、pp. 86-95.
  • 山越言、2005「ギニアの精霊の森に暮らすチンパンジー」水野一晴(編)『アフリカ自然学』古今書院、pp. 195-203.
  • 松沢哲郎、タチアナ・ハムル、カテリーナ・クープス、ドラ・ビロ、林美里、クローディア・ソウザ、水野友有、加藤朗野、山越言、大橋岳、杉山幸丸、マカン・クールマ、2004「ボッソウ・ニンバの野生チンパンジー: 2003年の流行病による大量死と『緑の回廊』計画」『霊長類研究』20(1): 45-55.
  • Yamakoshi, G. 2004. Evolution of complex feeding techniques in primates: Is this the origin of great-ape intelligence? In (A. E. Russon & D. R. Begun eds.) The Evolution of Thought: Evolutionary Origins of Great Ape Intelligence. Cambridge University Press, Cambridge, pp 140-171.
  • 分藤大翼、2004「採集狩猟民の現在」小松和彦、田中雅一、谷泰、原毅彦、渡辺公三(編)『文化人類学文献事典』弘文堂、p. 467.
  • 安岡宏和、2004「アフリカ熱帯雨林における狩猟採集生活―バカ・ピグミーの長期狩猟採集行(モロンゴ)の事例から」『アジア・アフリカ地域研究』4(1): 36-85.
  • 安岡宏和、2005「白神山麓のリンゴ栽培地域における猿害の発生と山村環境の変化:生態史の視点から」『エコソフィア』15号:87-103.
  • Yasuoka,Hirokazu(査読中)Long-term Foraging Expedition (molongo) among the Baka Hunter-Gatherers in the Northwestern Congo Basin: With Special Reference to the “Wild Yam Question”. Human Ecology: An interdisciplinary Journal.
  • Shikata, K., Y. Matsushita, E. Nawata and T. Sakuratani, 2003. Effect of Intercropping with Maize on the Growth and Light Environment of Cowpea. Japanese Journal of Tropical Agriculture, Vol. 47. (1): 17-26.
  • 四方篝、2004「二次林におけるプランテインの持続的生産:カメルーン東南部の熱帯雨林帯における焼畑農耕システム」『アジア・アフリカ地域研究』4(1): 4-35.
  • Shikata, K. 2004.Sustainable Plantain Production by Shifting Cultivation in the Secondary Forest of Southeastern Cameroon.市川光雄(編)『生活環境としてのアフリカ熱帯雨林に関する人類学的研究』(科学研究費基盤研究(A)(2)研究成果報告書)、pp. 99-106.
  • Hattori, S. 2003.Relationships of the Baka Pygmies with the Forest World: Preliminary Report.Paper Submitted to MINEF and WWF, Cameroon, pp.1-41.
  • Hattori, S. 2004.The Impact of the Nature Conservation Project on the Baka Hunter-gatherers in the Tropical Rainforest of Cameroon. 市川光雄(編)『生活環境としてのアフリカ熱帯雨林に関する人類学的研究』(科学研究費基盤研究(A)(2)研究成果報告書)、pp.135-152.
  • 服部志帆、2004「自然保護計画と狩猟採集民の生活:カメルーン東部州熱帯林カメルーン東部州熱帯林におけるバカ・ピグミーの例から」『エコソフィア』13号
  • Hattori, S. (in press) Nature Conservation Project and Hunter-gatherers' Life in Cameroonian Rain Forest. In (K. Shigeta & Y. D. Gebre, eds.) Environment, Livelihood and Local Praxis in Asia and Africa. African Study Monographs, Supplementary Issue, No. 29 (in press).
  • 服部志帆(印刷中)「大きな森の小さな家“モングル”」布野修司(編)『世界住居誌』 昭和堂.
  • 平井將公、2003「セネガル中西部におけるAcacia albida植生の利用・形成・変容」『生態人類学会ニュースレター』No.9: 10-12.
  • 平井將公、2005「セネガル中西部における「アルビダ植生」の維持機構」水野一晴(編)『アフリカ自然学』古今書院、pp. 204−215.
  • Hirai, M., 2005 (in press)A Vegetation-Maintaining System as a Livelihood Strategy among the Sereer, West-Central Senegal. African Study Monographs, Supplementary Issue, No. 30 (in press).
口頭発表
  • 木村大治、2004「投擲的発話: コンゴ民主共和国・ボンガンドの発話形態における『アドレス性』の問題」社会言語科学会第14回研究大会 (東京大学、2004年9月4-5日)。
  • 木村大治、2004「社会的相互行為におけるアドレス性とは何か」(伝康晴,坊農真弓,榎本美香,細馬宏通,串田秀也,森本郁代,高梨克也と共同発表) 社会言語科学会第14回研究大会 (東京大学、2004年9月4-5日)。
  • 分藤大翼、2004「ポスト狩猟採集社会の文化変容−バカ社会における仮面文化の受容について−」日本文化人類学会第38回研究大会(東京外国語大学、2004年6月5-6日)。
  • 山越言、2004「西アフリカ・ギニアの「精霊の森」:その保全生物学的役割について」平成16年度社叢学会研究発表会(熱田神宮、2004年5月30日)。
  • 山越言、2004「人とチンパンジーを分かちつなげる道具: 使用と製作、そして祖霊崇拝と進化論」日本文化人類学会第38回研究大会、日本文化人類学会・日本人類学会連合シンポジウム『社会の中で道具を作る/使う−進化と文化の接面での討議−』(東京外国語大学、2004年6月5日)。
  • 山越言、2004「社会生態学理論におけるマイノリティとしての類人猿」第20回日本霊長類学会大会、自由集会『霊長類における社会構造の進化再訪』(京都大学霊長類研究所、2004年7月2日)。
  • 山越言、2004「ヒトの親戚たちの睡眠環境をめぐる謎:なぜ大型類人猿だけが『ベッド』を作るのか」平成16年度第2回睡眠文化研究会(京都大学、2004年9月26日)。
  • 山越言、2004「サルはなぜ栽培をしないのか: 霊長類における『ニッチ構築』を考える」民族自然誌研究会第38回研究例会(京大会館、2005年1月29日)。
  • 安岡宏和、2004「フィールドワークから学術的成果まで:バカ・ピグミーの長期狩猟採集行にかんする研究から」、京都ワークショップ「フィールドワークから紡ぎだす―発見と分析のプロセス―」(京都、2004年10月30-31日)。
  • Yasuoka, H. 2005.Foraging Life in the African Tropical Rainforests. Paper presented at WWF / GTZ / MINEF / Kyoto Univ. Joint seminar on The Baka Pygmies and Bakwele Farmers in the Jengi Southeast Forest Programme Region, 16 February 2005.
  • 四方篝、2004「『休閑畑』からの収穫:カメルーン東南部の熱帯雨林帯における焼畑農耕システム」京都ワークショップ「フィールドワークから紡ぎだす―発見と分析のプロセス―」(京都、2004年10月30-31日)。
  • Shikata, K. 2005.Interactive Relationship between Human Activities and Forest Environments: A case study of Bakwele farmers along Dja River. Paper presented at WWF / GTZ / MINEF / Kyoto Univ. Joint seminar on The Baka Pygmies and Bakwele Farmers in the Jengi Southeast Forest Programme Region, 16 February 2005.
  • Hattori, S. 2005.Ethnobotany of the Baka Pygmies in South Eastern Cameroon: Utilisation of Marantaceae Plants.Paper presented at WWF / GTZ / MINEF / Kyoto Univ. Joint seminar on The Baka Pygmies and Bakwele Farmers in the Jengi Southeast Forest Programme Region, 16 February 2005.
  • 平井將公、2005「資源維持システムは形骸化したか?−セネガル中西部における社会変容と生態資源のかかわり−」文部科学省科学研究費補助金特定領域研究『資源の分配と共有に関する人類学的統合領域の構築』ワークショップ(静岡県熱海市水口町かんぽの宿、2005年3月7-8日)。
映像作品
  • 分藤大翼(監督)、2004『Wo a bele −もりのなか−』/日本語・Baka語/カラー/ビデオ/30分(衛星放送 スカイパーフェクTV(216チャンネル)2005年1月29日、2月5日、及び彩都IMI大学院スクール アートドキュメンタリー講座修了上映会「NOMAD」2005年2月26日)。
 

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